第百四十五話
「この世界の魔物と人間を皆殺しだと、気でも違ったか?。そんなことしてどうするジャンよ、お前らだけでこの世界を生きていくつもりか? そのことに何の意味がある」
魔王は小馬鹿にした表情でジャンを見ている。
だが、そんな魔王の態度をジャンは気にした様子もなくその問いに答えた。
「意味ですって? もちろんありますよ、私は元々はこの世界の人間ではありません。異世界人というやつです。それまでは元の世界で幸せに暮らしていました。私の父はフランスという国の支配者ででね。まあ私の世界では大統領と言いますが、自分も将来はその大統領になるために日夜、英才教育を受けていました。その教育は大変厳しいものでしたが、でもとても充実した人生を送っていたのです…… 」
そこまで言ってジャンは悔しそうな顔で右の拳を握りしめた。そして唸るような声で言った。
「――――ところが……ある日、私はこの世界に転移してしまった」
魔王は冷ややかな目でジャンの話を聞いている。そんな魔王の態度に構わずジャンは話を続けた。
「異世界に転移した当初、私は子供でした。子供に異世界転移など絶望感以外何者でもありません。私は何もかもが終わったと思いましたよ。しかし、大人になるにつれて私はこの世界を壊したくなる欲求が強くなってきました。この世界さえなければ私はこんな辛い思いをしなくてもよかったのだ…… と、だから無くしたい! …… 私が殺し屋を始めたのはそれが理由です。そしてアメデ様に出会った。アメデ様は私と同じ気持ちを共有した同士でした……」
ジャンの言葉からアメデの名が出ると魔王はあたりを見回した。
「なるほどな。お前はこの世界に復讐したいと言うわけか…… ところでその同士であるアメデはどうした? お前とリカルダが生きているということはアメデも生きているのではないのか?」
魔王は意地悪そうにニヤリと広角をあげ尋ねた。
そんな魔王の表情を見てジャンは悔しさを滲ませる。
「魔王様も人が悪い、どうやら知っているのですね。ええ、アメデ様は黒羽に倒されました。あの男の力…… 見誤ってました。流石、勇者です」
「フフ、やはりそうか…… それにしてもアメデを一人で倒すとはな。どうやら奴はサリウスだった時より強くなっているようだ…… アメデはサリウスと戦った時の私と同等の力を持っていた。しかし黒羽がサリウスだった時は仲間と共に辛うじて私を倒すことに成功した程度の実力だった。なるほど……母にあいつの相手をしてもらったのはどうやら正解だったようだな」
母…… 遥が龍斗と戦っているという魔王の言葉にジャンは反応した。
「ほう、姫野遥と黒羽が…… それは好都合、私たちがマリー王女たちにやられたふりをしたのは姫野遥の相手を王女たちにしてもらうためでしたからね。彼女の強さは異常です。その力を受け継いだ貴方も……ね。だが、完全体ではない今の貴方なら私の力でも十分に倒せるでしょう」
「フン、随分と私の力を舐めてるようだが、お前程度の魔族モドキが私に勝てると思っているのか?」
魔王がギラリとした眼光でジャンを睨みつける。その瞬間、周りの空気が凍ったように冷たくなった。
しかし、ジャンもリカルダも全く臆した様子もなかった。
ジャンは答えた。
「以前の私なら無理でしょうね。でもね、魔王様、アメデ様はただではやられなかった、彼は私に力をうけ継ぎ死にました。おかげで今の私には魔神の力が備わっています」
「ほう、アメデの力を…… なら少しは楽しめそうだな」
魔王とジャンは両手をダラリと下げたままだったが、両者から溢れ出るオーラが戦闘態勢に入ったことを物語った。
そして両者がぶつかり合うと思った瞬間、玉座の扉が開いた。扉からマリー王女たちが現れた。
「魔王! そこまでだ! …… な、何! 貴様はジャン! 生きていたのか!」
マリー王女はジャンの姿を見て驚いた。
「おっと、マリー王女。ええ、騙してすみませんね。私はどうしてもここにいる魔王を倒しこの世界にいる人間と魔物を滅ぼさなければならないのでね。一芝居打たせてもらいましたよ」
「なに! お前は魔王の手下ではなかったのか!それに…… この世界の人間と魔物を滅ぼすだと!そんな事してどうする? お前らでこの世界で生き残ってどうするつもりなんだ?」
マリー王女が魔王と同じことを聞いた。
だが、ジャンは先ほど魔王への問いとは少し違う答えをマリー王女に言った。
「マリー王女、私はこの世界に残るつもりはありませんよ」
「何を言っている? どういうことだ!」
マリー王女がさらに問い詰めるとジャンはマリー王女の目をまっすぐ見て答えた。
「決まってますよ、マリー王女、私は元々はこの世界の人間ではありません。それは貴方も知っているでしょう? ですからこの世界を滅ぼしたあと、私はリカルダと一緒に元の世界に帰るつもりです」