第百四十三話
「ふふ…… 呆気なかったわね。勇者と言っても大したことないわね。それとも私が強すぎるのかしら」
遥は龍斗の死体を見下ろし笑みをこぼしている。
(それにしても黒羽のあの力、なんだったのか…… 不思議な力だった。まあ、今となって知る由もないわね)
「さてと…… この死体、どうしようかしら。まさか生き返ったりしないわよね」
黒羽龍斗が本当に死んだかどうか、確かめるため遥は龍斗の死体を何度か踏みつけた。
どうやら龍斗の鼓動は完全に停止しているようだ。遥は龍斗が死んだことを確認すると再度、笑みをこぼした。
「まっ、念には念を入れておくか……」
遥は右手を広げそれを龍斗の死体に向けた。
「これで粉々になりなさい。はあああ!!『氷虎粉砕斬』!!」
遥が氷系魔法を放つと龍斗の死体が氷に覆われた。そしてしばらくするとバン!と大きな音と共に氷が粉々になって飛散した。
辺り一面粉々になった龍斗の死体を見て遥は満足そうだった。
(これで私の息子の命を脅かすものはいなくなった。それにマリー王女達もきっと今頃、息子に惨殺されてるでしょうから、これでこの世界は息子の物になるわ)
「それと…… これね。いい感じで出来上がってる」
遥は先ほど龍斗の命を奪った氷の塊が妖しげな光を発しながら宙に浮いている。
(氷の中には黒羽の力が全て吸収されている。この氷を私の力に変換すれば、私は勇者の力を得ることが出来る。さらに強くなれば息子をもっと守れる)
右手を伸ばし、遥は氷にそっと触れた。
「さあ、氷よ! 私に勇者の力を与えるのよ!」
遥の言葉に呼応するかのように氷に光がさらに強くなり、そして遥を包み込んだ。
「なんという力だ、こ、これはなんだこの力は、これが勇者の力か、信じられないほどのエネルギーが私の体に入り込んでいく…… う、うわわ!!!!!」
遥は大きな叫び声をあげながらその場に倒れ込むとそのまま気絶してしまった。
「う、ううう…… こ、ここはどこだ?」
目を覚ました遥はあたりを見回した。ここは亜空間でもなければ元いた世界でもなかった。
遥の目の前で雲が流れてきた。
(……雲、ならここは空…… なぜ私は宙に浮いているのか……)
不思議に思った遥が下を見るとなんと驚くことに自分が空高く浮いていることに気づいた。
しかもそれだけではない、地面にはビルなどの建物が見えた。
「ここは異世界じゃない、転移する前にいた私の世界…… なのか? それにしてもなぜ、私は宙に浮いているんだ」
訳がわからないといった顔であたりをキョロキョロと見渡す遥、すると、突然、声が聞こえた。
「ここは転移する前の世界じゃないよ…… 姫野さん」
「誰だ!」
声のした方を向くと男が一人遥と同じように宙に浮かんでいた。その男を見て遥は驚愕の表情を浮かべた。
「お、お前は…… 黒羽!」
「姫野さん、ここは何処でもない、異世界でも元いた世界でもないよ」
「き、貴様、生きていたのか! 」
遥は両手の拳を握り構え臨戦態勢を取る。
それに対して龍斗は構えもせず首を左右に振った。
「いいや、死んだよ…… 正直、自分でもこうなるとは思わなかった、でも、君が僕の生命エネルギーを吸収してくれたおかげでここに魂だけ来ることができたんだ。危なかったよ。もし、あの氷でに僕の生命エネルギーが吸収されてなかったら君を人間に戻すことは出来なかったんだから」
「私を人間に戻るだと! まだそんなたわ言を言ってるのか! いいからここから出せ!」
そう言いながら遥は左足を一歩前に出した。すると、宙に浮いている状態だが何故か下に落ちる訳でもなく普通に歩けることを知った。遥はそれがわかると同時に思いっきりダッシュで走り出した。
「お前が死ねばここから出れるはずだ! 死ね! 黒羽!!」
遥は目にも留まらぬスピードで右ストレートを龍斗の顔面に向かって繰り出した。
ボッと空気が爆発したような恐ろしい音がなる。
だがしかし、その右ストレートは龍斗に当たることはなかった。なんと龍斗はその右ストレートを軽々と左手で受けた。
「なに!」
遥はやすやすと自分の攻撃を受けられて驚いたようだ。しかし、すぐさま左のフック右の前蹴りを繰り出した。が、それも全て龍斗に受けられてしまう。
「な、なんだ。貴様、何故私の攻撃を受けられる。ハッ! なんだこの光は!」
遥の攻撃を全て防御した龍斗の体が突然、光だした。
「こ、これはその時と同じ光! 貴様、これはなんだ! 答えろ!」
遥の問いに龍斗は右端の唇をあげ微笑みながら答えた。
「これは…… 神の力だ」
「バカな事を言うな、人間が神の力を持てるわけがない! 」
「姫野さん、実は僕は勇者となって世界を救ったのは一度だけじゃない。なんども転生して異世界を救っていたんだ。そのおかげで僕の魂は洗練されいつの間にか勇者を超えた神の力が宿っていたんだ」
「嘘をつけ、神は人間の住む世界に降りることは出来ない。直接関与できないはずだ!」
「そうだ、だから完全に神になった訳ではない。片鱗が現れただけだ。だが、この力を使って君を人間に戻すことは出来る! うおおおおおお!!!!!」
龍斗は両手を広げ遥の頭を押さえ込み力を注ぎ込む。
「や、止めろ!!! そんな事をすればお前は人間には戻れないぞ!」
「構わない。僕の肉体はすでに粉々になっている。もうすでに僕は魂だけの存在だ。だからこの力をフルに使うことができるようになった。君のおかげだ!」
力を注ぎ込まれている遥の表情は苦しそうだった。遥は最後の力を振り絞り抵抗した。だが、龍斗の力に抗う事はできなかった。
「ば、か、な、や…… や、め……ろ…… や、や…… やめてぇ!!!!」
遥が叫んだ瞬間、光が爆発したように広がり龍斗と遥は光の中に消えていった。