第百四十二話
「……なに…… 私を人間に戻すだと…… フッ、テメーにそんなことできるわけねーだろ。そんなことより今の力はなんだ答えろ」
姫野さんが僕を睨みつける。
「そんなのやってみなければわからないよ…… 姫野さん。それに今の僕の力については何も言うつもりはない」
僕の挑発的な言葉と唇の片端を吊り上げ笑った顔を見て姫野さんのこめかみに血管が浮かび上がる。
どうやら怒りを買ってしまったようだ。
だが、すぐに無表情になり冷静さを保ったのか、今度は姫野さんが僕を挑発する。
「ほう、面白い。ならやってみせろ。だが、簡単にできると思うなよ。てめー、私が今まで本気で戦っていたと思うのか。もしそうならとんだ勘違いだ。これから本当の私の力を見せてやるよ」
姫野さんはそう言うとおもむろに目を閉じ何やらブツブツと小声で呪文のようなものを唱え始めた。
「な、なんだ。この冷気は……」
姫野さんが呪文を唱えてすぐ辺り一面の空気が凍ったように冷たくなる。
冷気はだんだんと強くなっていき、突如、それが霧へと変わった。そして霧はグルグルと回り始めると姫野さんを取り囲む。
姫野さんの体は霧に覆われ完全に見えなくなってしまった。
「な、なんだ。何が起きている?」
嫌な予感がした僕は姫野さんに纏わり付いている霧を払おうとして走り出した。
しかし姫野さんに近づくと何か得体のしれないパワーに弾かれ僕は勢いよく吹っ飛んだ。
「ぐわっ!!」
なすすべもなく吹っ飛ばれたが、さほどのダメージはなかったので勢いよく立ちあがると霧の中から姫野さんの声が聞こえた。
「フフフ、冥土の土産に見せてあげるわ。私の本当の姿を!」
霧の中で姫野さんの目が光った。そして先ほどまで姫野さんの周りに纏わり付いてた突然晴れて彼女が姿を表す。
「ひ、姫野さん……」
晴れた霧から全裸の姫野さんが現れた、その姿に僕は思わず目をそらした。が、もう一度ちゃんと見ると、その姿は人間のものではなかった。
「これが本当の私の姿よ。黒羽くん」
姫野さんの体はまるで雪のように真っ白だった。肌も髪も唇も白い。まさに雪女のようだった。
さらに姫野さんは目をつぶり呪文を唱えると真っ白な服に鎧や籠手が空中に現れた。そしてそれらはそのまま自動的に姫野さんに装着していった。
「これが魔神化した姫野さんか……」
僕の驚愕した表情を満足そうな顔で見ていた姫野さんがクスリと笑うと口の中にチラリと牙が見える。
「魔神化した私の力はさっきとは比べ物にならほどの力よ。さあ黒羽くん、覚悟しなさい!」
そう言いながら突如、姫野さんが地面と蹴りダッシュでこちらに向かってきた。
そのあまりの速さに僕はその動きを捉えることが出来ず、ただジッと立っているしかできなかった。
「ぐはぁ!」
突然、目の前に姫野さんが現れた、と、同時に腹部に今まで感じたことがないようなほどの激痛が走る。
僕は痛みに震えながらも恐る恐る自分の腹部を見る。すると姫野さんの拳が僕の腹部にめり込んでいた。
「がはぁ」
僕はあまりのダメージに大量の血を吐き出す。
だが、これで終わりではなかった。姫野さんの攻撃は休まることなく続いていく。
「ほらほらほら」
右ストレートから左フック、右前蹴りから左のハイキック。繰り出された攻撃を全く避けることができず、僕はさらに血を吐き出し勢いよく吹っ飛んだ。
「なんだ、こ、これは…… け、桁違いだ。とんでもない強さだ。この力は僕が前世で戦った時の魔王を遥かに凌ぐ……」
「カカカカ、最初の威勢はどこにいった。あんた、私を人間に戻すんじゃないのか!」
「うぐぐぐ……」
僕はダメージを受けたせいか、呻き声をあげるしか出来なかった。
「ふん、どうやらその程度のようね。もうちょっと遊べると思ったけどね。もういい、終わりにしましょう。冥土の土産に良いものを見せてあげるわ。さあ、これをくらいなさい」
そう言いながら姫野さんは両手を天に掲げ、目をつむった。すると姫野さん両手から何やら白いオーラが浮かび上がる。そしてその白いオーラはだんだんと物体化していくと丸いバスケットボールほどの大きさの氷へと変わる。
「な、なんだ。そ、それは……?」
僕が不思議そうにたずねると姫野さんは嬉しそうな顔で答えた。
「フフ、これはただの氷じゃないわよ。この氷には生き物の生命エネルギーを完全に吸い取る力があるの、骨の髄までね。さあ、これを食らって死になさい、黒羽くん」
姫野さんがまるで子供にゴムボールを渡すように軽く氷をヒョイと投げると氷はゆっくりと僕に近づいてくる。
「ま、まずい、あれに触れては……」
僕はダメージを受けた体を必死に奮い立たせ、なんとか氷から逃げようとする。だが、氷は追尾型の能力があるようだ。逃げる僕をどこまでも追ってくる。
「な、なんだ。あの氷は、ゆっくり動いているはずなのに、だんだんと僕に近づいてきている」
「フフ、無駄よ。黒羽くん、その氷からは絶対に逃げられない」
僕は懸命に逃げる。だが、氷は確実に僕との距離を縮めている。氷が僕の顔近くまで迫ってきた。
「だ、駄目だ……」
「さぁ、もう終わりよ」
姫野さんがニヤリと笑う。そして氷が僕の顔面に軽く当たった。
「う、うわ!」
氷が当たった瞬間、僕の力が吸い取られるのがわかった。顔面から氷を離そうと両手で氷を掴むが両手からも生命エネルギーが吸い取られていく。
「ぐわあああああ!!!!」
僕の生命エネルギーが氷に全て吸い取られると目の前が真っ暗になった。どうやら命が尽きようとしているようだ。
「く、くそ…… ま、負けるか……」
必死に正気を保とうとしたが全身に力が入らなかった。僕はその場に崩れ落ちた。