第百四十話
「う、嘘だ!!! 魔王! 姫野さんを元の人間に戻せ!!」
僕は気力を振り絞り立ち上がった、そして、怒りに任せ魔王に向かって走り出した。
「させないわ」
しかし、姫野さんが僕の前に立ちはだかった。
「なっ! 姫野さん! なぜだ、しょ、正気を取り戻すんだ!」
僕はそう言いながら姫野さんに近く、と、その瞬間、姫野さんの目に殺意が湧いたのがわかった。
僕は驚いて身構える。が、遅かった。姫野さんは目にも留まらぬスピードで掌底突きを僕の顔面に食らわせてきた。
「ぐぁ!!」
あまりの早さに僕はその掌底を避ける事ができず、モロにくらい、また吹っ飛んだ。
「遥! 止めろ!」
マリー王女は両手を広げ、姫野さんを押さえ込もうと飛びかかった。だがしかし、それは叶わなかった。姫野さんはマリー王女の両手首を掴んだ。
「は、遥…… は、離せ、くそ! なんて力だ……」
驚いたことに姫野さんがあのマリー王女を力で圧倒している。マリー王女は苦痛で顔をしかめた。
「姫野さん! 離してください!」
今度はルイさんとクレアさんが同時に飛び上がり姫野さんを押さえ込もうとした。だが、やはりダメだった。
「ふん!」
姫野さんはマリー王女を持ち上げぐるぐると回し始める。すると、姫野さんを押さえ込もうとして飛び込んできたルイさんとクレアさんに激突した。
「きゃーー!」
ルイさんとクレアさんが悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。そして姫野さんはマリー王女の腹に膝蹴りを食らわすと、そのまま放り投げた。
「ぐあっ!!」
放り投げられたマリー王女はゴロゴロと地面を転がると、呻き声を上げた。
「ハハハ、流石は私の母親だ。素晴らしい力だ。こいつらなど敵ではないようだ。そうだサリウス 、冥土の土産に良いことを教えてやろう。魔神となった母の力は、先ほどお前と戦った同じ魔神のアメデよりも上だぞ」
「な、なに…… アメデよりも……」
「ああ、それに現時点では私よりも強い。今や我が母は世界で一番強い生物なのだ」
「くそ、一体、どうしたら良いんだ……」
僕は剣を握ると剣先を姫野さんに向けた。
「あら、黒羽くん、私を倒すつもり? あなた、私のことが好きだったんじゃないの? ひどいわね」
姫野さんがニヤリと笑いながら僕に近づいてくる。
ダ、ダメだ。僕は姫野さんと戦うことなどできない……
「フフフ、どうやらここは母上に任せておいて良いみたいだな。では私はそろそろ行くとするか、おい! ウリアン、行くぞ」
「かしこまりました、魔王様」
魔王が空間に手をかざすと、空間に穴があいた。その穴に魔王とウリアンが入っていく。
「ま、待て! 逃げるな魔王!」
僕は慌てて魔王を追う。だが先ほど同様、目の前に姫野さんが立ちはだかった。
「遥! 止めろ!」
苦しそうに腹を抑えながらマリー王女が立ち上がった。
「姫野さん、正気に戻ってください」
「姫野さん!」
ルイさんとクレアさんも苦しそうにヨロヨロと立ち上がる。
「ルイ、クレア。一対一では遥に勝てない、同時に攻撃を仕掛けるぞ!」
「はい!」
二人がマリー王女を方を見て頷いた。そして三人はジリジリと姫野さんに近づいていく、姫野さんは口角を上げながらも油断なく三人を一瞥していた。
「マリー王女、ルイ、クレア…… いいわ、黒羽くんを殺す前にこの三人で準備運動といこうかしら」
そう言うと姫野さんが拳を握り構えた。すると辺り一面、異様な空気が漂う。
その空気を感じた僕の心に嫌な予感が走った。
まずい、姫野さんの殺意は本物だ。本気でマリー王女たちを殺そうとしている。
これほどまでの実力者が本気で戦ったら死人が出る。と、止めなくて!
マリー王女たちが姫野さんの間合いに入る。その瞬間、三人は姫野さんに向かって飛び出そうとした。
だが、僕はその瞬間、大きな声で叫んで攻撃を止めた。
「全員待て! 待つんだ!」
マリー王女たちがハッとした顔で僕を見ている。
「マリー王女、ルイさん、クレアさん。三人は魔王を折ってくれ。魔王にこれ以上力を与えるわけには行かない。今のうちだったら三人で倒せる可能性がある。クレアさんの武器ならこの亜空間に穴を開けてここから出れる。頼む! 三人で魔王を止めてくれ!」
「しかし、黒羽、姫野が邪魔に入って行かせてもらえないだろう。まず姫野を何とかしないと」
「そうよ。マリー王女の言うとおりよ。ウフフ」
全員が僕を見ている。それはわかっている。そう……僕は覚悟を決めた。
「わかっている。だから姫野さんは、僕が倒す」
僕は意を決し、剣先を姫野さんに向けた。