第百三十八話
「こ、ここは……」
マリー王女が開けた扉の中に入ると、壁も床もなかった。そして辺りは暗いがところどころに星のような光の点が浮いている。ここはまるで宇宙空間の場所だった。
「亜空間……か」
マリー王女が呟く。
「リカルダが作った亜空間とは違う。これは一体誰が作ったものなんだ」
僕はそう言いながら辺りを見渡す。すると、奥の方で一人の男が立っていることに気が付いた。
「誰だ!」
僕が男に声をかけると、男は拍手をしながらこちらに近づいてきた。
「素晴らしいな。まさかジャンやその部下、そして切り札のアメデまで倒してここにやってくるとは」
「ウリアン・ユーギン!」
「久しぶりだな。サリウス …… いや、今は黒羽龍斗か」
「ウリアン! 貴様! 姫野さんはどこだ!」
「やれやれまさか、神が勇者を転生させるとはな。まあ、必ず私の邪魔をしてくるのはわかっていたのでアメデ達を仲間にしておいたのだが…… 魔神を倒すとはさすがは勇者だ」
「ウリアン、お前は魔族に寝返ったが、普通の人間のはずだ。なぜ、あれから何百年と経っているのに生きている? お前も魔族に魂を売ったのか?」
僕の質問にウリアンは口角を上げながら答えた。
「フン、勇者よ、その謎を知りたいか? 特別に教えてやろう。私はな…… 魔族ではない、だが人間でもない」
「なに? 人間でも魔族でもないだと! お前もアメデのように魔神とでも言うのか?」
「残念だが、私では魔神になれなかった。だが、近い存在だと言える。なぜなら私の体にはお前が倒した魔王様の血が流れているからな」
「ま、魔王の血だと……」
「そうだ、魔王様はお前との戦いに万が一破れた場合のことを考えていたのだ。もし、お前に倒されても器を用意しておけば、私の呪文で魔王様の魂はすぐのその器に移動し、復活できるのだ。そしてその器は私になる予定だった。そのため魔王様の血を与えてもらったのだ。だが、残念だが私では器になるほどの力はなかった」
「魔王の器になるための力……」
「そうだ。私は自分にその力がない事に絶望を感じたが、決して諦めなかった。ならば魔王様の器となれる者を作り出そうと考えたのだ。そして長年の研究の結果、魔力の強い人間の女と魔神の子供ならば魔王様の器になれることがわかった」
「魔力の強い人間、それが姫野さんなのか?」
僕の質問にウリアンは満足そうな顔で頷いた。
「ああ、魔王様の血を分けて頂いたおかげで私にはその人物がもつ潜在的な魔力の強さがわかるようになっていた。そして魔力の強い人間は異世界人に多い。なのでずっと異世界人の女を攫って来るようアメデ達に命令させていたのだ」
「ウリアン、僕はお前の思う通りにはさせない。悪いが、姫野さんは返してもらうぞ。そして残酷だが赤ん坊とは言え魔王にならんとしている者を生かしては置けない」
僕は刀は抜いてウリアンに近づいた。すると、ウリアンは笑いながら後ろに下がる。
「ハハハ、勇者黒羽龍斗よ。もう手遅れだ。お前にもわかっているだろう。あたり一面に漂う魔王様のオーラが」
「クッ…… ま、まさか、もう……」
「そう、そのまさかだ。サリウス 、久しぶりだな」
突然、ウリアンの背後から5歳くらいの男の子がスッと現れ僕に話しかけてきた。僕はその声に聞き覚えがある。
「こ、子供。子供だ…… なぜ、こんな所に子供が…… いや、だが、その声には聞き覚えが……。お、お前は…… 本当に魔王…… なのか?」
子供にしては異様に大人びた表情をするその男の子は僕の問いにニヤリと口角を上げながら答えた。
「フン、そんな事、言わなくてもわかるだろう、サリウス 」
「おお。魔王様、先ほどまで赤ん坊からもうそこまで成長されましたか」
そう言いながらウリアンが男の子に向かって膝をついて頭を下げた。
「さっきまで赤ん坊…… ウリアン! 魔王を産んだのは姫野さんなのか? 姫野さんはどこだ!」
「フッ サリウス …… たかが女一人にここまで取り乱すとは…… 安心しろ、姫野遥はここにいるぞ」
ウリアンが僕の問いに答えるとサッと右に体を避ける。するとウリアンが立っていた場所から、虚ろな目をした一人の女性が立っていた。僕はその女性を見て思わず叫んだ。
「ひ、姫野さん!」