第百十九話
「水口ルイだと、な、なぜ、その名を……」
朝霧は驚いた顔で僕を見ている。そしてまずいと思ったのかすぐに冷静な顔に戻り誤魔化す。
「あ、いや、何の事だ……」
とぼけても遅い。僕はフッと口角を上げる。おそらくこの朝霧はマリー王女の部下だろう。きっと僕に内緒で独自にアメデ達を見つけるため派遣されたのだろう。
「マリー王女に伝えてくれ。アメデ達は僕が必ず見つけて倒す。だから邪魔しないようにってね」
朝霧が何か言おうと口を開く、だか僕はクルリと振り返りその場を後にした。どうせ、朝霧は本当のことを言わずとぼけるだけだろう、なら、彼の言葉など聞いても無駄だ。
僕は朝霧の視線を背中に感じながら円形闘技場の出口へと向かった。
それにしてもさすがはマリー王女だ。僕に内緒であの男を派遣していたのはきっと僕が隠し事をしている事に感づいていたに違いない。
ただ、何を隠しているまでは当然、わからないだろうが……
にしてもこれは正直、まずい事になった。おそらく朝霧は姫野さんの事も知っているに違いない。そして姫野さんが妊娠している事実を知ったからには彼はマリー王女にその事を伝えるにはずだ。いや、もう伝えている可能性が高い。
姫野さんが魔王をそのお腹に宿しているまでは知る由もないが、姫野さんをなぜ生かしたまま攫ったのかと妊娠と関連づけて本格的に動き出すだろう。
万が一、マリー王女が姫野さんの秘密に気づいたら、きっと王女は姫野さんの抹殺を実行するに違いない。
「そうはさせない……」
僕は堪らず呟いた。
そう、僕は神と約束をした。姫野さんを必ず殺すと…… しかし、本当は迷っている。そんな事は本音ではしたくない。だが、神との約束は反故するわけにはいかない。だから、どんな結末を迎えようと決着は僕がつける。つけなければならない。
僕が控え室に戻ると昨日と同じくクレアさんが迎え入れてくれた。
「お疲れ様、さすが決勝戦ね。対戦相手なかなか強かったじゃない」
「ああ」
僕は頷くと朝霧の事をクレアさんに話した。
「なるほどね、流石はマリー王女。鼻が利くわね」
「うん。実は僕もそう思っていたんだ」
「で、どうするの?」
「フッ、どうするも何も優勝して祝賀会に出るのは僕だ。朝霧はもう何も出来ないさ」
僕の言葉にクレアさんは呆れ顔で首を左右に振った。
「そうじゃなくて、姫野さんの事よ。本当に神との約束を果たすの?」
クレアさんの問いに僕は本音で答えた。
「もちろん、神との約束は果たすさ、だが、姫野さんを助ける事が出来るなら、少しでもその可能性があるのなら、僕は彼女を助けたい……」
僕の答えにクレアさんは満足そうな顔で頷いた。
「そう、良かった。私も同じ気持ちよ」
「ありがとう」
僕はクレアさんの言葉に救われた気持ちになった。
「でも、急がないとね。マリー王女もきっと本格的に動き出すに違いないから」
そう、グズグズはしてられない。僕はクレアさんに向かって力強く頷き、そして独り言のように呟いた。
「ああ…… 全ては明日の祝賀会で決着をつける」
私、黒咲は7月で転職する事が決まり、現在、仕事の引き継ぎ作業等々で忙しいです、なので今月いっぱいは連載の更新が滞ると思いますがご了承ください。申し訳ありません(淚)