第百十五話
「お疲れ、りゅう…… 巧」
僕が控え室に戻るとクレアさんが迎え入れてくれた。
「ありがとう。ヘレナさん」
念の為、クレアさんも変装の杖で顔を変えているし、お互い偽名で呼んでいる。どこで誰が聞いてるかわからないからだ。
クレアさんの偽名はヘレナ・キアーナン。僕もクレアさんも変えたのは顔と名前だけで、それ以外の年齢や人種などは変装前と同じに設定している。
上手な嘘をつくコツは、九割の真実に一割の嘘を混ぜる事だ。すべてが嘘だと何処かでボロが出る可能性が高い。
「決勝戦は明日やるのね。今日はゆっくり休んで明日に備えましょう」
「ああ」
「あっと、そういえば決勝で優勝すれば、城での優勝祝賀会はその次の日にやるのよね?」
「うん、変装の杖の効力は三日間だからなんとか優勝祝賀会までは効力を失わずに済むよ」
変装の杖は三日で効果が切れる。そして次にその変装が出来るまで一週間待たなくてはならない。
「良かった。じゃあ、宿屋に戻りましょう」
「うん」
僕らは控え室を出て、宿屋に向かう。そしてその途中、尾行してくる者がいないか辺りを注意深く観察した。
「どうやら、僕らの正体に気づいて尾行をしている者はいないようだ」
「ええ」
クレアさんが頷くと今日の出来事を話し出した。
「それにしても驚いたわね。まさかこの国の王妃が遥さんだったなんて」
「うん、だけどそれだけじゃないんだ。このゴランダ帝国の国王はかつて魔王の部下だったウリアン・ユーギンという男だ」
「ええ、そうなの?」
「ウリアン・ユーギンは世界一と言われた錬金術師だったが、人間でありながらも魔王の側について裏切り者だ。その後に奴は魔王軍の幹部にまで上り詰めた。僕がサリウスだった時に倒したと思ったがどうやら生きていたようだ」
「なるほど…… ということは……」
「ああ、あいつが姫野さんをさらった黒幕だろう。奴は当時の姿のままだった。若い時から不老不死の研究をしていたウリアンはきっとその研究を成功させていたのだろう、そして何百年とかけてこの国を作り上げ仲間を作り、そして魔王復活のシナリオを虎視眈々と計画していたのだろう」
「なんか用心深くて頭の切れそうな印象ね。って事はあの城にアメデやジャンもいる可能性が高いわね。気をつけてね」
「わかった」
僕が頷くとしばらく沈黙が続いた。そして突然、クレアさんが言いずらそうに口を開いた。
「ねえ、今日はショックだった?」
「ん? 何が?」
僕が聞き返すとクレアさんは少しの間ためらっている様子だったが、やがて意を決したように言った。
「姫野さんの事よ」
「ああ、それか、確かにショックはショックだったけど、きっと魔法か薬で操られているんだろう。ウリアンに元に戻す方法を聞き出さなければ」
僕がそう言うとクレアさんは寂しそうな顔で笑った。
「フフ、誤魔化さないで、私が言ってるのはその事だけじゃない」
クレアさんの言いたい事はわかっていた。だが、現実を認めたくない僕は確かに誤魔化していた。
しかし、クレアさんが真剣な表情をしているので僕は正直に答える事にした。
「わかってる、ああ、すごいショックだったよ。一瞬、目の前が真っ暗になった」
「でしょうね。それが聞きたかったの…… ごめんね」
「いいんだ…… 早く宿屋に帰ってゆっくり休もう」
僕らは宿屋へと急いだ。そして僕は宿屋に帰る途中の道でずっとさっきのクレアさんの言っていた言葉を思い返していた。
そう…… 確かにあれほどショックな事はこれから先、二度とないだろうし経験もしたくない。
だけど、あれは現実だ。いろんな意味で恐ろしい現実だ。
僕はグッと唇を噛み締めながら思い出していた。
姫野さんが妊娠していたと言う事実を。