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平和と自由の溢れる、白銀の世界が到来するの。

 フィルツ大尉の前で、新鮮そうなトマトジュースがグラスいっぱいに注がれた。


「ありがとう」と、大尉はデニスに礼を言う。


 その部屋は、すべてものが簡潔に整理されて、家主によって日常的に手入れされているように見えた。木製のダイニングテーブルと椅子のセットがあり、入り口のすぐ横には小さい電話台が置かれている。こじんまりとした流し台には、少しの調理器具と、野菜を入れておくストッカーがあった。


 壁には魔導兵器がいくつか掛けられている。アサルトライフルやロケットランチャーが、全部で六種類ほど確認できた。この部屋に入ったとき、()()()はそれらの兵器を見て露骨(ろこつ)に顔をしかめた。


 共和国軍でもよく採用されている兵器が多かったが、「99式500ohm」については帝国軍が主に採用している魔導銃だった。射程距離は魔力1ワイズ当たり200メートル、銃口インピーダンス500ohm(オーム)。ずっと東にある島国の、豊迅産業(ほうじんさんぎょう)が開発した風属性の魔導銃だ。多くの国で出回っているし、丈夫で軽い。だが共和国軍では、ミハイル・ポリヴァノフ開発の「AP-49」のほうが主流となっている。


 大尉はひととおりの魔導兵器について、その生産経緯や特徴も含めて熟知していた。


「おまえはいるか?」

 と、デニスは向かいに腰をかけているもうひとりの女へ向かって言う。


「いいえ、結構よ」と、その女はデニスを睨みつけた。そして嫌味を込めて付け加える。「首都がこんなときに、いったいなんだっていうの? 軍人は軍人らしい仕事があるんじゃないの?」


 フィルツ大尉とデニスはそれをきれいに無視した。


 二人は中央広場でついに()()()()を発見した。

 もちろんそれは、見つかって喜んで終わりとなるようなものではない。どちらかといえば、それは始まりを意味していた。必要な情報を引き出すという作業を、ここから慎重に行わなければならなかった。


 首都は大騒ぎだ。今からたった二時間ほど前に、コルネリウス首相が大勢の観衆の前で殺された。大きな蝙蝠(こうもり)の魔族に襲われて。蝙蝠はその大きな両翼を羽ばたかせて、首都上空を悠々と飛翔(ひしょう)したあと、雲間に消えてしまった。


 その騒動の最中(さなか)、フィルツ大尉とデニスは広場で見つけたジャーナリストの女を拘束し、そのまま徒歩でデニスの使っている部屋へと(おもむ)いた。


 フィルツ大尉はトマトジュースをひと口飲む。塩味が適度に効いた、濃厚な味わいが喉を潤した。対して目の前には、鋭い目つきのデニスとジャーナリストの女が、互いに相入れないオーラを放ち、腕を組んで向かい合っている。親権(しんけん)を争って離婚調停中の険悪(けんあく)な夫婦のようだと、大尉は思った。


「半ば無理矢理お連れして申し訳ないですが、あなたには大事な用件があります」と、フィルツ大尉は丁寧な言葉遣いで言う。


「私はないわ」眉を歪ませて、女はきっぱりと言った。「あなたたちが今していることは重大な問題よ。わかっているかしら? 一般市民の身柄を拘束し、こんな部屋に連れ込んで半ば軟禁している。二人とも軍人で、武器を所持している。私がこのことについて一枚記事を書くだけで、メディアは嬉々(きき)として飛びつくと思うけど」


「ごくごく一部のメディアはな」とデニスが唸るように言う。


 ジャーナリストは片側の眉を吊り上げて、口元で微笑んだ。フィルツ大尉はそれを見て、大きな口が顔の半分くらいを占めているような錯覚を覚えた。


 彼女は細く明るい色の髪を首の後ろあたりで一本に束ねて、背中に下ろしている。使い古された銀縁の眼鏡を、ときおり思い出したように持ち上げていた。広い(ひたい)(ほお)に対して、目は小さく、左右に離れている。そして大きな目立つ口を持っていた。

 それでも、彼女が相手に対して(それがたとえフェイクであっても)笑顔を見せれば、たしかに好印象を与えることができる顔だろうと、大尉は思った。ひとつひとつのパーツはさておき、総合したバランスは絶妙に整っているのだ。


 しかし、今この女が作っている微笑みは、まったくべつの種類のものだ。そこにははっきりと敵対心(てきたいしん)が表れていたし、どうにかしてこの軍人二人についての不都合なスクープを引き出そうという(くわだ)てが見えた。


「今から四年前。フロイントという小さな西の村で、デニスとあなたは遭遇していると思います」フィルツ大尉はできるだけ平穏な声色を作り、話し始めた。「彼は魔族討伐の命令を受けそこへ出向いており、あなたはフリージャーナリストとして、主に魔族の襲撃事件を追っていた。デニスもあなたのことははっきりと覚えておりますし、村の東にある食堂の店主が、あなたのことを覚えておいでです。まずはここまで、間違いありませんね?」


 ジャーナリストはふんと鼻を鳴らした。「フロイント。そういえばそんな村、行ったような気がする」


「はっきり答えろ」

 デニスが凄む。空気を鈍く震わせるような低い声だった。

 彼女は不機嫌そうに目を細めて、「行ったわ」と言い直した。


 フィルツ大尉は続ける。

「そこである晩、村の住民が操られるという極めて特異な事件が発生しています。その際、あなたは自我を失った村民に襲われそうになり、駆けつけたデニスは止むを得ず、村民を二人射殺している。あなたはその瞬間の写真を撮影し、報道機関に持ち込んでいます」


「回りくどいわね!」ジャーナリストは声を張り上げる。「私が誠意のない、下品なジャーナリスムの持ち主だと言いたいんでしょ? つまり、写真に真実はないと。魔族のことも村の人間が操られていたことも全部伏せて、写真だけを持ち込んで軍の信用を損なわせた。だからあなたたちはその仕返しがしたいってわけね。そうでしょ?」


「そういう短絡的(たんらくてき)な話じゃない」デニスが腕を組みなおして言った。


「私たちはただあなたに、その後村がどうなったかをお伝えしたいのです。そして、ご意見を仰ぎたいのです」フィルツ大尉は言う。「フロイントに軍部が介入すべきかどうか、目下議論がなされています。具体的には村に駐屯地を設け、魔族襲撃や隣国との交戦に備えるべきかどうかを協議している」


「いったいどういうこと?」

 ジャーナリストははっきりと嫌悪を表す。


 大尉は慎重に続ける。

「と言うのも、そもそもフロイントの村がそれを切望しています。魔族ゲーデの一件から、近隣の村々においても数回魔族の襲撃事件が発生しました。彼らは今、怯えています。村長は村の意見をまとめ、軍部へと打診をしてきました」


 彼女は大尉の話を聞いて、見るからに動揺していた。眼鏡を持ち上げる回数が急に増えた。くるくると目を泳がせている。デニスとフィルツ大尉のことを交互に観察している。


「どちらかといえば、フロイントはあの一件以来、軍への不信感を一層強めている。介入には反対の立場をとっていたと思うわ」と、ジャーナリストは言った。


「最近、フロイントには?」大尉が尋ねる。

「いいえ。でも、ジャーナリスト仲間とはよく情報共有するの」


 大尉は頷く。

「もちろん、介入を好ましいと思わない人間もいる。ただ村の総意としては違った。現実的な判断ができたということでしょう」


 ジャーナリストは唇を噛み、黙っている。彼女は何度か前髪を掻き上げ、やはり落ち着かない様子だった。


 軍の介入が検討されているという話は、まったくの出鱈目(でたらめ)だった。もちろん村長が軍部へと打診してきたなどという話も、嘘っぱちだ。


 このジャーナリストが言うように、フロイントは実際のところ軍の介入には徹底して(あらが)う姿勢を見せている。


 つまり二人は今、ひと芝居打っているところだった。ジャーナリストにとって不都合な話をぶつけて、()()をかけているのだった。

 ほんの一瞬だけ、大尉はデニスと目を合わせる。


 フィルツ大尉は両手の指を合わせて、テーブルの上に置く。

「それにしても、魔族ゲーデ。不気味な種族です。国民が安心して暮らせるよう、一刻も早く処理しなければなりません」

 大尉は「国民」というところを強調した。

 

「あなたたちには無理よ」とジャーナリストは口を震わせて言う。

「しかし魔族に対抗できる兵力を持つのは、今のところ軍のみです。私たちが国民のために動かなければ――」


「この偽善者どもが!」彼女はテーブルに手を思いっきり叩きつけた。

「そんなつもりはありません。国民の命を守ることが我々の使命です」

 大尉は間髪入れずに淡々と言い放つ。


「国民国民って、あんたたちに言う資格があると思っているの?」ジャーナリストは立ち上がった。「(おろ)かしい! 口ではそうやってごまかしていても、私たちにはわかってるわ! あんたたちはね、戦うことしか頭にない人種なのよ! そして国民も気づき始めている。フロイントだってじきに気がつく。来年の連邦議会選挙で、それは証明されるはずよ。アルタウス様の言葉を、皆思い出すはずなのよ!」


 ジャーナリストは歯をむき出して、肩で呼吸していた。


「お前の言う、『私たち』ってのはどいつらを指す? アルタウス様の御一家(ごいっか)か?」とデニスは表情を変えずに言う。


 ジャーナリストは一瞬苦々しい顔をしたが、もはや包み隠すつもりもないようだった。憎悪の滲んだ顔のうち、その大きな口だけが不自然に微笑みを浮かべた。


()()()は、いずれ国を変えるわ」彼女の声は、かすかに陶酔(とうすい)していた。「平和と自由の(あふ)れる、白銀の世界が到来するの」

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