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ずいぶんな絵空事に聞こえたけどね。

 魔導連合部隊「ブリッツ」には新しい士官室があてがわれた。


 一日かけて荷物を移動した先は、中央本部の敷地内の北西にある第二会議棟だ。三階の(かど)、あまり日当たりがよくない一室が長いあいだ使われていなかった。そこを、譲り受けることとなった。


 窓を開けて(ほこり)をはらい、必要な分の棚とデスクを置き、ダンボール箱に詰めた書類や筆記用具、そのほかもろもろの荷物を出して、整理してゆく。

 しかしそれが全て片付かないまま、あらゆる部署から、追加で書類が回ってくる。西部戦線(リオベルグ)がまた動き始めたおかげで、軍部を循環する書類は二倍にも三倍にもなった。部隊のメンバーはそれを処理するために、荷ほどきが遅れる。そんな日々が二、三日続いた。


「八割がた、少佐が目をとおす書類ですよ。ちゃちゃっとお願いします」

 スズが司令部から分厚い紙の束を持ってきて、テオのデスクにどさりと置く。


「魔族の討伐なんて、十年くらい先になりそうだ」テオが大きなため息をつく。「だいたい、ほとんどの書類が口頭で済むようなものばかりだよ。正直こんなに量があると、五分前に見た内容ですら、片っ端から忘れていく。ここのところ、文字という文字が右から左にどんどん流れいくだけだよ。どうせおれの承認なんてなくても通ることが決まっているような決裁書を、なんでこちらにまで流すんだろう」


「承認経路は、多分に儀礼的(ぎれいてき)な要素を含みます」となりのデスクで、フィルツ大尉が自分の作業をしながら言う。「上からくる書類も、下からくる書類も、右斜め前からくる書類も、承認そのものが欲しいわけではないんですよ、少佐。『回覧が済んだ、公的な状態』が欲しいんです。軍部のだいたいの人間に晒されたもののほうが、なにか起こったとき、責任を分散できますから」


「なるほどね――せめて、ペーパーレス化ができればな――」

 テオは言ったところで仕方のないことを呟く。

 紙面を読みサインを書いてまた次の部署へ持っていくという一連の作業が、エンターキーひとつで済む時代は、この世界では何年後になるのだろうと、テオは少しだけ想像を巡らせ、すぐにやめた。


 先日降り続いていた雨もあがり、外は昼下がりの陽気が降り注いでいた。雪が降り始めるのはずいぶん先になりそうだ。

 肩を負傷したアルトマン准尉も復帰し、フロイントへ調査に向かっていたバルテル少尉もちょうど今日、首都へ戻ってきたところだった。


 新しい士官室には、久々に元第2魔導銃大隊のメンバーが顔を揃えた。

 そしてその中に、あたかもずいぶん昔からルームメイトだったかのように、スズがいる。向かいの席で、頬杖(ほおずえ)をつきながらチョコレートクッキーをかじっている。


 バルテル少尉は帰還して開口一番に「オシュトローよりひどい。話にならん」と言い、葉巻に火をつけた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 フロイントの村民たちは、村の外の人間を異様なまでに警戒していた。

 訪れた者が男であれ女であれ、幼い子供であれ老人であれ、文民であれ軍人であれ、村の外の者であれば一様に、鋭い視線を浴びせる。


 この村ははもともと保守的で、他の集落とはあまり関わりの多くない村であった。広大な畑を有し、そこで小麦や野菜類を栽培して生活を営んでいる。特筆するような名産品はなく、経済状況はあまり思わしくない。人口は年々減り続け、過疎化の一途をたどっている。

 しかしここまで警戒心をあらわにし、凍りついた眼差しを持ち始めたのは、ここ最近のことだった。


 バルテル少尉は普段着を着込み、軍人であることは完全に隠して村を訪れた。

 自分は国中を旅して回っている放浪者(ほうろうしゃ)だと言い、村の人間に店や宿の場所を尋ねる。できるだけにこやかに、攻撃性のかけらもない人間として。

 それでも村の人間は顔を曇らせ、怪訝(けげん)な目を少尉に向ける。そして、ぶっきらぼうに道案内したのちに、こんな村に見てまわるものなんてないから早く出ていってくれと、口を揃えて言う。


 少尉はいくつかの店や宿を周り、多少は話をする気がありそうな者を探した。


 そして三日目に、村の東のはずれに一軒の食堂を見つける。

 小さな店内はみすぼらしく、農具で散らかっていた。出される食べ物も、これならコンバット・レーションのほうがいくぶんましだろうと思うようなものだったが、そこの初老の店主はまあまあ気さくに話してくれた。その白髪頭(しらがあたま)には円形に禿げた区域がいくつもあり、大きな鼻からは毛がとび出ているような小柄な男だったが、その話ぶりはまるで舞台役者でもやっていたかのように流暢(りゅうちょう)だった。

 こんな見てくれの店だが、一応、旅行者向けの食堂でもあるのだろう。警戒心のない人間に会え、バルテル少尉はありがたいと思う。しかし同時に、このおやじは村の人間からは煙たがれていそうだと思った。


 聞けば、四年前の事件をきっかけに村は変わっていったという。


 フロイントには軍の調査がひっきりなしに入り、報道陣も入れかわり立ちかわりおしかける。

 軍の関係者は、責任を回避したいがために、村民を操ったゲーデに関して「存在するもの」という前提で話をする。

 一方で報道関係者は、逆にことを大きくし、スキャンダル化したいがために、ゲーデなど「存在しなかったもの」という前提で話をする。


 本当は村の皆さんは知っているんでしょう? 横暴な軍人が突然やってきて、鬱憤(うっぷん)を晴らすように、被害者の二人を撃ったんですよね? ほら、写真だって持ち込まれているんです。勇気を持って、真実を語ってくださいよ――


 よく回る口で、記者たちは村民から言質(げんち)をとろうと躍起(やっき)になった。


 軍とマスコミ。それぞれがまったく反対の結論がありきで、村民たちに詰め寄り、彼らを疲弊(ひへい)させた。村の人間は、どちらの質問に対してもはっきりと答えることができなかった。


 それは仕方のないことだった。

 操られていたことを記憶している者はひとりもいない。だが、事件の日にまったく異変を感じなかった者もまた、ひとりもいなかった。朝起きると身体中が痛み、髪や衣服がひどく乱れている。顔には自分の唾液の跡が残っており、土がこびりついている。手が血に濡れている者もいた。


 なにかが起こった。

 しかし、なにが起こったのか、だれもわからなかった。

 実際のところ、村民は皆、ほとんどパニックを起こしていた。


 亡くなった夫婦のひとり娘に対する執拗な張り込みは特にひどく、皆うんざりしていたという。報道関係者は昼夜問わず家の前をうろつき、悲劇の少女から、悲劇の少女たるにふさわしいコメントを取得することに、執念を燃やしていた。見兼ねた村長が何度か強制的に退去させるも、数日経てばまた別の局がどこからともなく現れて、同じようにつけまわすようなありさまだった。


 店主は白髪混じりの短髪をがりがり擦りながら言う。

「そんでそのあと、驚くほどの色男が村に来てよ。おれっちはよくわかんねえが、みんなとにかくそいつの話をありがたがっちまった」


 銀髪を長く伸ばしたその男は、村の人々に語った。


 村を魔族から守れなかったのはだれか。

 村を平穏を守れなかったのはだれか。

 それは「国家の権力」にほかならない。


 国の舵取りをしているほんのひと握りの人間が、大きな権力を振るって利益を独占しようとしている。西部戦線(リオベルグ)に戦力を割いているのが、なによりの証拠だ。戦争に勝てば国が潤うというが、その利益を享受できるのは一部の特権階級だけにすぎない。それが、日々懸命に生きている多くの国民に滴り落ちることはない。富は、分配されない。

 村の皆がいかに良質な作物を育てようとも、それは国の糧になることはない。なぜなら、この国が戦勝国となれば、国民は皆安い輸入品を求めるからだ。国はそれを傍観(ぼうかん)するだろう。村の仕事を守ることはないだろう。皆を、軽んじているのだ。

 そして、もはや「国の犬」と成り下がった軍部は、国民を守るためでなく、特権階級の人間の利益を最大化するために使われているのだ。今回の襲撃は、残念ながらその結果のひとつだ。


 今、我々にできることはなにか。声をあげることだ。できるだけ大きな声を、できるだけはっきりした主張を、できるだけたくさんの同志を集めて、より大勢で。民主主義を軽んじた政治家はどうなるか、我々が見せつけなければならない。


 しかし、それは武力であってはいけない。力では、この国に平和はもたらされない。我々は、戦争をしない国にならなければいけない。武器を捨てて、力を振るわず、隣国と話し合いの場を設けることで、必ずわかり合える。国や民族が違えど、我々は同じ人間なのだから。


 ――白銀の党の党首、アダム・アルタウス。


 彼は朗々とした声で、村民にその主張を行き渡らせた。

 そしてみるみるうちに村民は心酔した。事件をきっかけに大きな傷を負っていた人々の心に、彼の声はしみわたった。

 村はいとも簡単に、白銀の党の票田(ひょうでん)となった。


 以来――これはとても皮肉なことだが――フロイントは主張の一致しない人間に対して、排他的になった。村の外から来る者を、警戒をするようになった。

 アルタウスは、たしかに「友好」を語ったのにも関わらず。


「おれっちにゃ、ずいぶんな絵空事(えそらごと)に聞こえたけどね。だってそうだろ? 帝国は武器を持って、戦う気満々だっちゅうのに」

 店主は言う。


 バルテル少尉は目的の「魔族ゲーデ」についてと「ジャーナリスト」についても店主に尋ねてみることにした――実はおれの町も昔、魔族に襲われてな。人間を操るなんてたいそうな力を使う魔族に関して、よく知っておきたいんだ――というふうに(うそぶ)いて。


 ゲーデに関してはその店主もまったく知るところではなかったが、ジャーナリストについては意外なほど、鮮明に覚えていた。


「なにせ、その女はうちにも飯を食いにきてた。何度かね」店主は胡麻塩(ごましお)のひげを引っ掻きながら言う。「感じのいい若い子だったよ。ちょっと目が離れ気味で、口も大きくて、それほど可愛くはなかったけど。でも、感じはよかった。うん」


 軍部の資料にあった特徴とは、おおむね一致する。


「おっさん、その女は自分がどこのどいつか、話していたかい?」

 バルテル少尉は尋ねる。


「さあね。フリーでジャーナリストやってて、普段は首都に住んでるってことしか。あとはそうさね、ずいぶん軍人を嫌っているみたいだった」


 少尉は眉をひそめた。

「そりゃ、その女が言ったのか?」


 記録によれば、彼女の活動目的は「軍人の活躍を周知するため」となっている。もちろんそれは、本人の証言に基づくものだが。


「ああ。話の節々から、十分伝わってきたよ。ありゃ筋金入りの軍縮論者だね。あんな写真を撮って新聞社に持ち込んだと知ったときは、まあやりかねないなと思ったよ。感じは、よかったんだけどね」

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