お手並み拝見といこうじゃないか。
合流したテオたちは、郊外にあるマフィアのアジトへ向かう。
一見すると、それはなんの変哲もない民家のようだった。
ただ、それはとても殺風景な印象を与えている。二階建てで、ざらついた材質の外壁は鈍い灰色をしており、日常的な市民の営みとは、いくぶん隔たりがあるように思われた。ただっ広い庭もほとんど草が生えておらず、荒れ果てている。ぐるりと外側を覆うレンガの柵はニメートルほどあり、無機質なその壁面は、いつもなにかを警戒しているふうにも見えた。
ゲイラーは建物の外をなぞるように一周した。人間の気配はない。正門も裏口も、見張りらしき者は見当たらなかった。離れた路地に車を止める。
テオとスズ、そしてデニスの三人を途中で拾ったそのワゴン車は、ラゲッジにひととおりの武器を積んでいた。
「なんでも持って行け」
フィルツ大尉とアルトマン准尉の二人はデニスに促され、馴染みの武器を探す。
「いつもは狙撃銃なんで、こういうのはあんまり使い慣れてないんですけどね」
アルトマン准尉は手に取ったアサルトライフル型魔導銃「M7カービン」に自身の魔力を馴染ませながら言う。
「つべこべ言うな若造」デニスがたしなめる。
フィルツ大尉は銃をいくつか物色するふりをしつつ、ひっそりとテオに言う。
「少佐、このまま彼らの仕事に協力してよいのでしょうか? 相手が武器、麻薬商人であり、反社会的な組織とはいえ、我々の任務の範疇を逸脱している気がします」
「もっともだ」テオは乾いた咳をしてから笑う。「だが、クンツェンドルフ中将は言っていた。この部隊の編成は『少々ぶっとんだ輩がよい』らしい。つまり、まずはおれたちがぶっとばないことには始まらない」
「そうですよ大尉」スズはとなりに来て、にやにやと笑みを浮かべながら大尉の肩を叩く。「お利口さんにやったところで、せいぜい出来上がるのはクリケットのチームくらいです。目の前の橋がたとえ今にも落ちそうなおんぼろの吊り橋でも、あとさき考えず突き進むのが我々『ブリッツ』なんですから」
フィルツ大尉はため息を吐いて、気が抜けたように笑う。「とんでもない部隊に召集されてしまったのね、私」
ゲイラーの車には何度か通信が入っていた。軍用の通信機器をマイナーチェンジしたものが積まれている。デニスは通信で短いやり取りを何度か行った。どうやら彼の部下たちが集まり、配置につき始めているようだった。
ターゲットはコンラーディン・ガウス。ルーンクトブルグの西方で主に幅を利かせている、武器や麻薬の商人である。
「テオ・ザイフリート少佐と言ったな。お手並み拝見といこうじゃないか」デニスは不敵な笑みを浮かべる。「裏口でおれの部下たちが発砲を始めて陽動する。向こうはガウスを含めて、多くて十人程度だ。手薄になったところを正面から突っ込むぞ」
そのアジトの周りは民家が少なく、身を隠すような場所は見当たらない。しかし人通りも車もほとんどないため、出入りがあるとすぐにわかる。
テオたちはその場で一時間ほど待機した。
灰色の雲がゆっくりと空を旅していた。遠くから音もなく現れて、そのアジトに影を落とし、ゲイラーの黒いワゴンに影を落とし、そしてそのまま東の方へ去ってゆく。
くたびれたカーディガンを羽織った老人がひとり、通りを横切っていく。杖を器用に扱い、曲がった腰をいたわりながらも、すたすたと遠ざかる。こちらには全く気付いていないようだった。
少しずつ日が傾き始めたとき、丸いヘッドライトの白い車が、独特のエンジン音をたてて現れた。デニスの表情が険しくなる。ゲイラーが短い通信を入れる。車は減速し、正門の前に止まる。
後部座席から現れたのは、黒いローブを羽織った人物だった。
長身ではあるものの、フードですっぽりと顔を覆ってしまっているため、性別が判断できない。同じようにフードを被った部下らしき者を二人引き連れて、正門をくぐり、建物へ向かってゆく。
「お出ましだ。白銀の党の人間か、もしくは仲介人だろう」
デニスは低い声で囁く。
フードの人物は、そのまま建物の中へ消えていった。
「五分後、陽動を開始する」
デニスは言う。ゲイラーが再度通信を入れ、全員へ共有する。
「デニスさん」テオは言う。「今回のターゲットはあくまでコンラーディン・ガウスだというのは承知しているが、あのフードの連中はどうする?」
「出方を見てだが――叩けば埃が出るかもな。見たところ、召喚術師の可能性もある。なにか関わっているかもしれん」
ゲイラーを車に残し、テオたち四人とデニスは正門へ向かう。
フードの人物が乗っていた白い車には誰もいない。
その車はあろうことか、ナンバープレートがついていない。アルトマンが銃口を車内へ向けながら確認した。車体は光沢があり、革張りのシートは使用感が皆無だった。たった今工場から卸された新車のような雰囲気だ。
まもなくして、裏口のほうで魔導銃の銃声が轟く。
建物の中はにわかに騒然となる。階段を駆け下りる音、勢いよく窓を開け放つ音、男たちの怒声、陶器のような硬いものが割れて砕ける音、そしたまた銃声。
「行くぞ!」デニスが号令をかける。
玄関口のとびらを蹴り開け、まっすぐ銃口を前に向けて突入する。
建物の中は薄暗い。入ってすぐ右に二階へ上がる階段がある。左手には細い廊下が奥のほうまで伸びている。
「若造、おれと二階だ。ついてこい」
デニスとアルトマン准尉は階段を上がる。
手はずどおり、スズは玄関口に残る。万が一、ガウスを取り逃がしたときのためでもあるし、実際狭い部屋の中では魔法や召喚術は不適なためだ。
テオとフィルツ大尉は細い廊下を進む。
死角を作らないよう壁伝いに進み、陰になっている箇所には銃口を向けて、警戒しながら床を踏みしめてゆく。いくつかの部屋では声が響いている。何度も銃声が鳴る。
フィルツ大尉はテオと少し距離を取りながら、後方に注意しつつ進んでゆく。
テオは廊下の途中、左側にあるとびらを蹴った。
その瞬間、部屋の中から一気に銃弾が襲ってきた。
とっさに壁に寄り、身を隠す。銃弾はそこら中の床や壁面を貫き、焼け焦げる。
「大尉、援護を頼む!」
「了解!」
相手の銃撃のわずかなブランクを縫って、テオは魔導銃で応戦する。
「どっかの雇われ人か?!」
「畜生! 止めるな! 撃ち続けろ!」
部屋からは数人の男たちの怒声が聞こえる。こちらの奇襲に焦燥しているようだった。
「少佐、下がってください!」
そう叫ぶなり、フィルツ大尉はテニスボールくらいの大きさの黒い金属塊を、部屋の中へ投げ入れた。
テオはとっさに耳を塞ぎ、身を伏せた。
眩い光が部屋を満たす。
針で刺すような高い音が、耳を劈く。
爆発音とともに、熱風が廊下まで満たしてゆく。
もくもくと煙が上がり、部屋の中はよく見えなかったが、男たちの声はしなくなった。
「――魔導手榴弾か」
「リフタジーク大佐が、なんでも持って行けって言ってましたから」フィルツ大尉はすまし顔で言う。「それに、この部隊はぶっとんだほうがよいとのことだったので、僭越ながらぶっとばしました」
テオは苦笑いを浮かべた。
「さすがだよ。しかもこんな短時間で可動とは」
魔導銃に比べてアンプリファイアが小型で、魔圧をコントロールしにくい魔導手榴弾は、魔導兵器の中でも取り扱いが難しい。普通、じゅうぶんに火力を出し切るまで可動させるにはたっぷり一分間はかかる代物だった。
すぐに二人は一階のほかの部屋を調べる。人の気配はない。突き当たりの一室に入る。コンテナやダンボールが大量に積まれている。カーテンが閉じられ、真っ暗だった。倉庫として使われているようだ。
再度廊下へ出たとき、窓ガラスが大きな音を立てて割れる音がした。
「二階か」
テオとフィルツ大尉は階段へ向かう。
しかし、そのとき二人は見た。
開けっ放しになっていた玄関のとびらの外。
スズが庭で、なにかと対峙している。
大きな黒いかたまりだった。
それはかろうじて人のかたちをしているように見える。しかしその異様な光景にテオは目を疑う。
その物体は、頭が溶け出したり、腕がぼとりと落ちてしまったり、脚が消えて液体のようになったり、つぎつぎに様相を変えていたのだ。
身体中になにかまとってる。
いや、というよりそのなにかで、その得体の知れないなにかは構成されている。
テオとフィルツ大尉は外に出る。
「オルフでは見たことがない魔族ですね」
スズは言う。
それは小さな羽虫の群れだった。