なんだか今日はずいぶん不機嫌じゃないか?
ひとつ前の第八話まででひとまず「一章」が終わりとなります。
ここまで読んでいただいた方々、誠にありがとうございます。
僕自身はこの作品を「どんなことがあっても最後まで書き終える!」と決めて望んではいましたが、正直なところ皆さんが見てくれて、評価や感想で救われながらここまで来ております。
ハイファンタジーは全体の作品数も多く、激戦区ではありますが、ジャンルはこのままでなんとかランキングに食い込み、より多くの方に見てもらうのがひとつの夢です。
ここからも、さらに盛り上げていきたいと思います。
どうか引き続きお付き合いいただき、もし気に入ったと言う方はリアクションをいただけると励みになります!
では、前置きが長くなりましたが、第二章のスタートです!
首都マルシュタットの外れ。
その小さな喫茶店は昼どきということもあり、屋内の席は全て埋まっていた。
付近は閑散とした街並みが続いていたが、その店だけは人が押し寄せているようだった。テーブル席もカウンターも、主に女性で賑わっている。装飾がいくらか過剰な被服の婦人たちが多かった。
店頭の看板にはランチタイムの時間帯とメニューが記されている。価格帯は平均的な飲食店と比べて少し高い。日替わりのメニューはアスパラガスとジャガイモのオランデーズソースがけと、七面鳥をソテーしたものだった。食後には飲み物もつくようである。
マルシュタットには比較的多い種類の飲食店だった。婦人たちにとっては、この店は装飾品と同じで、身につけることができればそれでよい。一定以上の味と見た目が担保されてさえいれば、あとはこの店で食事をしたという事実のほうがよほど重要となる。自分にはこのソースの深みのある味わいが分かり、この七面鳥はこだわり抜かれた素材を使っているものなのだとを知っていることが、彼女らには極めて大切なのだ。
少し風が冷たかったが、テオとスズはしかたなしとして、屋外のテラス席に座っていた。小綺麗な丸テーブルに大きな日よけのパラソルがついていたが、あいにく今日は曇り空だった。
「大手はどこも批判的な報道だね」
テオは今日の朝刊を広げている。
「南ルーンクトブルグ新報にいたっては、『目も当てられぬ失態』だと言ってる。西部戦線の劣勢もなにもかも、現政権と軍の招いた人災だと――言いたい放題だ。おれたちも戦場に限らず、いつも身を案じておいたほうがいいかもしれない。今日から普段着にしてよかった」
スズはだらしなく座席にもたれて、前髪をいじっている。
「むしろコルネリウス政権の世論操作が下手すぎるんですよ。これだけ対抗勢力があることないこと書き連ねているのに、大したプロパガンダも走らせていない。もっとマルシュタットタイムスの尻を札束で引っ叩いてやればいいのに。あの貴婦人様たちも、きっと現政権の功績などすっかり忘れて、アルタウスのマニフェストを一字一句違わず暗記することに時間を費やしているのでしょうね」
店内の客たちを顎で指し、スズは鼻を鳴らした。
彼女の言うアルタウスとは、現在西側の州を中心に勢力を伸ばしつつある「白銀の党」の党首のことだ。
テオは記憶をたどる。
初めてその姿を見たのはまだ士官学校時代だったと思う。党首アダム・アルタウスは、テオの目にも強く印象に残った。
まさに「白銀」を率いるにふさわしい、銀の長髪を持った美男だったのである。彫刻のように整った顔立ちに、すらりとした長身。芯のある話し方でありながらもその軽やかな声。
ラジオノイズが混じった低周波数の音声であっても、その声は人柄のよさを感じさせた。
そうした意味では、率直に言って、コルネリウス首相は完敗である。
彼は国防大臣として歴が長く、政界ではその権力を大きく振るっているものの、血色のよくない灰色の顔をしており、垂れ下がった頬は太ったガマガエルを思い起こさせる。彼の功績によって軍部にはより多くの予算がつき、国の戦力が下支えされた事実があるのにもかかわらず、国民の支持率は芳しくなかった。
白銀の党、アルタウスの「広告塔」としての効果は、現政権にとって脅威だった。
「あの容姿だ。残念ながら一部の国民はあれだけで、思考停止したまま、票を投じるだろう」テオはテーブルの上に新聞を置く。「そういえばラングハイム中尉、なんだか今日はずいぶん不機嫌じゃないか?」
だらけた格好のままのスズは「別に、いつもどおりですよ」とかったるそうに言うだけだった。
テオとスズは仕事でここに来ている。軍服こそ着ていないが、それも理由があった。今日からテオたちが担う仕事は、軍人がやっていると思われると都合の悪いものだった。
クンツェンドルフ中将から指令を受けた、例の特殊部隊――その編成の第一歩である。
司令官室で部隊編成の話を受けたのはおとといの夜のことだった。
昨日は目が回るほど忙しかった。
各方面への通達に何枚もの書類を作成し、部下たちへ仕事を割り振り、説明を求めてくる士官を集めて趣旨を理解させ、士官室にある我らが第2魔導銃大隊のデスク周りを片付けた。覚悟はしていたが、帰るころにはもう日付が変わってしまっていた。
乱雑に書類の積もったデスクをきれいにすると、空っぽになったその机上に、意外にも込み上げてくるものを感じた。ずいぶん遅い時間だというのに、バルテル少尉、アルトマン准尉、フィルツ大尉と共に酒場で一杯やってから、官舎へ戻った。
彼ら三人の特殊部隊招集に、迷うことはなかった。
そして今日、本格的に部隊編成に動き出したというわけである。
テオは白のブロードシャツにグレーのキルティングジャケットを着込み、履きなれていたベージュのチノパンを合わせた。今朝鏡の前に立ったときは、いかにも平均的な市民という感じがした。
スズが被っている黒のハットは中折れになっており、いつもの紺色の帽子よりつばが狭い。オーバーサイズでゆったりした黒のニット、細身な黒のノンウォッシュデニムを履いて、全身黒ずくめだった。左手の小指にはいつもの青い宝石が光っている。
「ニコル・フィルツ大尉を指揮官に、ヘンドリック・バルテル少尉、ラルフ・アルトマン准尉のスリーマンセルを編成する」
テオは昨日のうちに作成しておいた書類を見ながら、スズに伝えた。
「派手さや火力のあるチームではないが、機動力や隠密性には優れている。最前線、もしくは味方魔導師の援護部隊として活躍が期待できる」
スズは二回頷いた。「よいと思います」
「次に、いまだ姿を見せないきみのチームだ」テオは続ける。「部下の名前は――マルタ・シャントルイユ曹長と、ジル・シャントルイユ伍長。間違いないね? 二人は姉妹か?」
スズは腰を引いて座りなおす。
「おっしゃるとおりです。二人とも恥ずかしがりなもので――少佐にも、近いうちにご紹介しますよ」
スズを中心とする魔導師班については、この部隊の主力になるとテオは踏んでいた。だがどうにも部下二人の素性がつかめない。
「追って、その二人のことも詳しく聞かせてもらう。よろしく頼む」
これでテオも含めて七人。正直、まだ戦力としては不十分だ。
召喚術師班と、魔導衛生兵を含む医療班、それに兵站部門も必要不可欠だった。
兵站とは、部隊における武器、弾薬、食料、燃料などの物資補給やそのメンテナンスを行う兵士たちのことだ。前線へは基本的に出ないが、部隊のパフォーマンスを高水準で維持するために必要不可欠な部門である。
しかし、それよりもまず優先すべきは「指揮官」だった。
班を統率する「頭」が必要だ。
「リストを拝見しましたけど、正直少佐が狙っているその人物は、中でも特に、招集に応じる可能性は低い気がしますね」
スズは頬づえをついて言う。
「それは承知の上だ。だが、試してみる価値のある男だよ。もし戻ってくれば、指揮官としても、情報屋としても、心強い」
リストではランクが『B』となっているが、この男はその直接的な戦力以上に、期待できるものを持っている。
「懐かしい名前ですね」スズが言う。「魔導銃連隊を率いる、元大佐でした。キューパー大佐の前任だったと思いますが、私も直接の面識はありません。ただ、まあまあ気難しい男だと言われていたと思います。話に乗ってきますかね」
接触する予定の男は、デニス・リフタジーク。
四年前に退役した元軍人だった。テオ自身も当時はまだ士官学校にいたため、面識はない。
「念のため、下調べも進めている。フィルツ大尉に依頼してあるよ。当時部下だったゲイラーという男をあたらせてる」
「四年前のあの事件をだしに使うわけですね」
スズは言う。
テオは頷いた。
「ああ。それで少し揺さぶりをかける。あの事件は、当時かなり大きく報道がなされていたのを覚えているよ。特にここが大騒ぎしていた」
テーブルの上に置いた南ルーンクトブルグ新報を人差し指で叩く。
「たしかに、鬼の首を取ったかのようでしたね」スズは新聞を見つめる。「リフタジークはあの写真のせいで、しばらくのあいだまともに首都を出歩けなかったと聞いています」
彼は自ら退役したのではない。退役に追い込まれたのだ。
ひとつの事件。そして、一枚の写真によって。
「当時の報道も遡ったが、情報が部分的で、軍部に残っている記録との食い違いも激しかった」
「でしょうね。ただ、それは彼もわかっているはずです。仮に事実を暴き、白日のもとに晒すことができたとしても、彼に力になってもらうのにはそれなりの動機が必要そうですが」
「そこで中尉の出番だろ」テオは言う。
「別にいいですけど」スズは唇を尖らせる。
「まあ、リフタジーク大佐の出方によっては、いろいろほじくり返して説得するのを止めて、真正面から仕事として依頼するさ」
彼は今、殺し屋をしているのだった。




