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きみは、転生者を迎えに行くのかい?

大召喚術師レオンからあるリストを渡されたテオ。

その中には、自分と同じ「転生者」も含まれていた。

 テオは動悸(どうき)を感じていた。


「転生者。別の世界から、召喚された者たち」レオンは低い声で、繰り返す。


「――これは、ラングハイム中尉は知っているのか?」

 テオは、彼女が以前「転生組(てんせいぐみ)」と言っていたのを思い出していた。


「存在自体はね。詳細は、彼女にも見せたことはない」


 テオは五枚に束ねられたリストを素早くめくる。

 転生者。『S』ランクの人物は、三人。


「その三人は、皆、魔鉱石を用いて僕が喚び寄せた」レオンが言う。「ザイフリート君のように、全面的に軍の力になってくれるような人間は、実際のところあまりいなくてね。一昔前のこの国では、そういう転生者は消されていたよ」


「消されていた?」テオが聞き返す。


「軍部の、あまり好ましくない過去だ」

 クンツェンドルフ中将が、眉間(みけん)にしわを寄せる。


「そういうことがまかり通っていた。それだけ知っていればいいよ」レオンは続けた。「とにかく、その三人は軍人として生きることを(こば)んで、今はそれぞれこの国内で、いたって普通の国民として生活しているよ。当然、軍の監視付きだけどね」


 テオはちょうど開いていた一枚を見た。目つきの鋭い、白髪の少年だ。首都からそれほど離れていない、トルーシュヴィルという村に住んでいるらしい。


「もう察しているだろうが、ザイフリート君」クンツェンドルフ中将が言う。「そのリストから、部隊に加える人材を選出し、スカウトに向かってもらいたい」


「民間人からですか?! そんなこと、前代未聞では?!」

 テオは素直に驚いた。


 中将は(あご)をさすりながら、意味ありげな笑みを浮かべる。

「貴公の言う通り。まさに、前代未聞。しかしだ。過去に誰もやらなかったということが、やらない理由にはなり得ん」


「――しかし、彼らは呼びかけに応じてくれるのでしょうか? 特に『S』ランクの転生者たちは、一度拒絶しているのでしょう?」


「いくつか手はある」中将は言う。「生活に困窮している者がいれば、金銭的な報酬も用意できよう。名誉を欲する者がいれば、魔族討伐の(あかつき)には勲章を授与する。そして、無欲な者。その力を借りるためには、方法はひとつだ」


 信頼を勝ち得る。中将は言った。


「最後に人間を突き動かすものは信頼や共感といった、無形のものだ。利害のみで結びつきが保てるほど、人間は合理的にできていない。貴公はもちろん、心得ていると思うが」


 テオはゆっくりと頷いた。

 非合理的でしかない人間。じゅうぶんに見てきたつもりだった。そこにはもちろん、自分も含まれている。


 ラングハイム中尉と約束したことを、テオは思い起こしていた。あのとき「助ける」と言った理由は、うまく説明できない。しかし、たしかに「共感」ではあったと思う。


「一方で、留意しておかなければいけない点もある」クンツェンドルフ中将は続ける。「軍部が『徴兵(ちょうへい)』に乗りだした、などと世間に広まってはつまらん。民間の、特に中途半端な平和主義や古典的自由主義こてんてきじゆうしゅぎ標榜(ひょうぼう)するような報道関係の連中には、嗅ぎつかれないように気をつけたまえ」


「――承知しました」

 テオは応答し、またリストに目を落とす。


 民間人からの、秘密裏の選出。

 一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないことは明らかだった。選出の前に、どういった組織体制を組むか、方向性と規模を具体的に確定させなければならない。前線に何名、後方に何名――一個小隊で完結させるには、適材適所、個人の能力に即したピンポイントの人事を行う必要がある。


 仮に選出、召集までうまくいったところで、チームワークはどうなる?


 中には殺人罪で服役(ふくえき)した経歴を持つ者までいた。

 正直なところこのリストは、国中からできる限り頭のイカれた連中をかき集め、地下競技場でトーナメント戦を行い、なかでもとっておきにぶっとんだ逸材(いつざい)()りすぐってみました、と言っているようにしか見えなかった。


 サーカス団でも立ち上げろというのか。


「追って、正式な書面にて辞令を言い渡す。今後ますますの貴公の働きに、期待する」


 内心頭を抱えたまま、テオは総司令官室をあとにした。

 レオンももう中将には用がないらしく、共に廊下へと躍り出る。

 すらりと背の高い彼だが、かなり猫背(ねこぜ)のために、目線の高さはテオと同じくらいになった。


「ザイフリート君」レオンが廊下を歩きながら口を開く。「プルトンが枯渇するほど、ノヴァを撃ち続けたようだね。身体のほうは、もう大丈夫なのかい?」


 まるで無関心かのような口ぶりだったが、決してそうではないとテオはわかった。この話し方は彼の生き方を表しているようなものだったし、感情がしっかり乗せられている口調を、テオは聞いたことがなかった。心配を口にすること自体、レオンは気にかけてくれているのだと思った。


「魔力のほうはもうじゅうぶん回復している。ノヴァも一度オーバーヒートしたが、異常はないよ」

「――そうか」


 二人は無言のまま、複雑な模様が描かれた絨毯(じゅうたん)の上を歩く。


「きみは、転生者を迎えに行くのかい?」

 十歩ほど歩いたところで、レオンが言う。


「どうかな。もう少し資料を熟読してからでないと」

「転生者の人生は、過酷(かこく)かい?」


 一瞬、リストにあった三人のことを言っているのか、自分に問いかけられているのか、テオは迷った。

 数秒、おし黙る。


「人生は、その程度に差はあれど、皆過酷なのでは?」テオは言う。


「上品で、うまい返しだ」レオンは笑った。「きみは、この世界に来たその瞬間からそうだったね。我々との初対面の会話にもかかわらず、ひとつひとつ、お互いの共通項(きょうつうこう)を見出すような話し方をした。ただ、同時に怯えてもいたけど」


「当たり前だよ。病院で生死を彷徨(さまよ)っていたと思ったら、突然、見知らぬ部屋で、怪しげな服装の男たちに囲まれていたんだ」


「しかし、きみは我々を受け入れた。いや、きみにとってはそうせざるを得ないだけだったかもしれないけれど。ほかの者は拒絶した。徹底的にね」


「徹底的に」テオは繰り返した。


「そう。ただ僕は、どちらの態度も間違いではないと考える。彼らの態度も、きみの態度も、どちらにせよ否定してしまっては、それはつまり僕のしていることを否定することになるんだから」


 別世界で失われた命を、人間の力で喚び出すということ。


「極めて、倫理的な問題を含む議論となりそうだ」

 テオは言う。


「実際には、そんなに高尚なものでもないんだよ」レオンは細い指で頭を掻く。「僕が直面している問題は、ともすれば、非常にくだらない。そしてとても、内向的(ないこうてき)だ」


 テオはそれ以上の詮索(せんさく)をすることはしなかった。


 二人は中央本部の門の外へ出る。

 秋の寒空が広がっていた。首都はもうすっかり夜に浸かりきっている。

 十月ももう下旬。心なしか、秋の虫たちの鳴き声が弱々しく感じられた。


 レオンは迎えに来ていた憲兵の護衛がついた、黒い車に乗り込むところだった。


「レオン・グラニエ=ドフェール卿」テオは呼び止める。


 この機会に、彼に聞いておかなければいけないことがあった。

「ラングハイム中尉の特異な体質について、ご教示いただきたいことが」


 レオンは察したようで、憲兵たちに耳打ちし、車からいったん遠ざけさせる。


「――僕に、なにか役に立てそうなことがあるかい?」

 レオンは黒の車体に寄りかかる。


「彼女が、死ぬことができないゆえに、死を求めていることは知っていると思う」

 テオは言う。レオンは頷く。


「あれは、本当に死にたいわけではない。ときおり、狂ったように自死を試みようとすることがあるが、単なる発作のようなものだ。愛に飢えた人間が、意味もなく卑猥(ひわい)な言葉を口走るようなものだ」


 レオンは髪を掻き上げて笑う。「その例えがよいかどうかは、わからないが」


「彼女はただ、身体的に年齢を重ねて、緩やかに死に向かいたい。ありていに言えば、ただの普通の人間になりたいだけだと、僕は思っている」


「――おおむね、同意するよ」

「方法は、ないのか?」


 レオンはまるまる三十秒くらい、押し黙った。眼鏡を少し押し上げ、それから夜空を見上げる。大召喚術師が、その頭脳を宇宙のように回転させている。


 そして「難しいね」と、夜風に声を溶かすように、彼は言った。


「五百年間生きてきた身体を、ただの人間の身体にする。時間とともに老いて、生物学的に劣化してゆく身体に、いわば『作り変える』ということだよね。正直、僕には思いつかない」


「本当に、まったく手段がないのか」

「現状ではね」


「――そうか」

 想定していた以上に、テオは自分が落胆しているのに気がついた。

 大召喚術師は、国の英知(えいち)の結集とも言い換えることができる。その彼が、できないと言う。ほかに、だれができるというのだろう。


「彼女を()()()()ことなら、可能だけどね」レオンは言う。「昔、尊い犠牲を払ってそれが実証された。転生者の魔鉱石は、再抽出ができる。別の魔鉱石の力の働きかけによって。つまり、それで撃てばいい」

 レオンは、テオの腰の辺りを指し示す。


 テオは、あとから考えてもずいぶん間抜けな質問をした。

「撃つと、どうなる?」


 レオンは、笑わなかった。

「死ぬよ。もちろん」

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