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我が主人に、力を貸しましょう。報酬は――。

巨人型魔族掃討戦。

オシュトローでは三体のオーガーが出現。

それぞれスズ、バルテル隊、ヒルシュビーゲル隊が対峙していた。

「聞こえますか?! ウスノロ魔族さん!」


 スズはオーガーを見上げて声を上げた。

 彼女の五倍ほどもある巨人はその小さな目を(しばた)かせる。


「こっちですよ!」スズは両手を上げて飛び跳ねた。


 巨人はスズの小さな姿に気がついたようで、ふがふがと言葉にならない声をだした。あまりよくは見えていないのか、前かがみになり、ぐいと顔を近づける。


「中尉! 危険です!」

 マルトリッツ軍曹の叫びも無視し、スズはにっこりと笑ってオーガーと目を合わせた。


「私のわがままで戦況を悪化させてもあれです。ちょっとした時限爆弾(じげんばくだん)を仕掛けさせてもらいますね」


 そう言うと、突然スズは自分の右手の(こう)を噛み切った。

 野生の肉食動物がそうするように、自分の手の肉を噛みちぎったのである。

 鮮やかな鮮血が吹き出て、辺りに飛び散った。

 周囲の兵士たちは驚愕し、ぽかんと口を開いている。


 その右手で、スズは地面を叩いた。

 一瞬、大きな地響きとともに大地が光を帯び、そしてすぐに消えた。


 それに驚いたらしく、オーガーは少し後ずさりする。


「さあ、おじけづいてないでやりましょう! なんのための棍棒ですか?!」


 スズの挑発を聞いたからか、本能的に攻撃態勢に戻ったのか、オーガーは大きく棍棒を振りかぶった。地面に水平に巨大な丸太が振り回され、風を切る。


 スズは嬉々として、目を見開いた。


 棍棒は凄まじい勢いでスズの身体を横殴りにした。

 なにかしらの器官が潰れるような音と骨が砕ける音が鈍く響いた。同時に地面もえぐられ、土ぼこりが舞い上がる。三角帽子が宙を舞う――


 強烈な殴打(おうだ)を浴びたスズはボロ布のように飛ばされていく。草原に血の跡を(こす)り付けて、その身体は何度か地面を転がった。


 オーガーを取り囲んでいたマルトリッツ班の兵士たちは唖然とし、立ちすくんでいる。


 数十メートル転がっていったスズは仰向けの状態で静止した。

 四肢(しし)が全て、有り得ない角度で折れ曲がっている。それはまるで乱暴に糸で吊るされた操り人形のようだった。長い髪が乱され、絡まり、その顔を覆っている。ローブはいくらか裂け、べっとりと血が染み出している。


 そのとき、地鳴りがした。


 地中深いところから、なにかが上がってくるような音が鳴り響く。

 その音はしだいに大きく、強くなってゆく。

 巨人の立っている周辺の地面が、まるで生き物のように波を打ち始めた。


「総員、距離をとれ!」マルトリッツ軍曹が指示を叫ぶ。


 波打つ大地に巨人は足を取られ、尻もちをついた。

 慌てたような顔で辺りを見回している。


 地面に亀裂が走る。

 一本が二本に分かれ、それぞれがさらに複数の亀裂を作っていく。

 轟音を立てて断層ができ、大量の土が舞い上がる。


 それは、一瞬の出来事だった。

 大地がオーガーを丸呑みにしたのである。


「なんだ――あれは?!」

 じゅうぶんに距離をとった兵士たちは、その光景を見て立ち尽くす。


 土で覆われた姿の、大きな口を持った生き物が、まるで水面に落下した虫を食べる(こい)のごとく、巨人を呑み込んでしまった。


 そう、それは()()()()()()だった。

 六メートルほどのオーガーをひと呑みにしてしまうほどの大きさの、魚だった。

 (えさ)を食べて満足したそれは、尾びれのようなものを地表で揺らしたかと思うと、大地の中へとまた潜っていった。


 地鳴りがしだいに遠くなっていく。

 土ぼこりを残し、辺りはふいに静まり返る。

 兵士たちの息づかいが聞こえる。


「あの巨人は――食われたのか」

 マルトリッツ軍曹は残された地割れの跡や断層の陰を確認した。


 生き物の気配はない。

 掘り返された地面はときどきぱらぱらと表面を崩すだけで、なにも語っていなかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 召喚術によってこの世界に顕現(けんげん)する生物たちは総じて「召喚獣(しょうかんじゅう)」と呼ばれていた。


 召喚獣たちはこの世界とはまったく別の世界から喚び出される。

 原則、呼び出された召喚獣はこちらの世界で生き続けることはなく、一定時間が経つと召喚術師は返礼(へんれい)という、召喚獣を元の世界に返す作業を行う。


 現在ルーンクトブルグで出現している「魔族」も、広義で言えば召喚獣だ。

 今より六十年も前にイオニク内戦の反乱軍が喚び出し、そのまま返されることなく放置されてしまった召喚獣である。今ではすっかり魔族という呼称が定着している。


 召喚には、その喚び出す対象の情報を刻み込んだ「召喚具(しょうかんぐ)」を必要とする。

 多くの軍召喚術師たちはその召喚具を用い、一体から多くとも五体の召喚獣を使役し敵と交戦するが、(まれ)にそれ以上の個体数を同時に操る者もいる。


 今首都を守っている召喚術連隊長、フーゴ・アーベントロート大佐などはまさにその例で、広範囲において二百体以上の召喚獣を使役する。「マルシュタットの魔導要塞」とは、人々が畏怖(いふ)を込めた、彼の異名だった。


 だが今オシュトローでオーガーと交戦中の召喚術部隊は、基本的にひとり二体の使役で敵と対峙していた。


 召喚獣は哺乳類型、もしくは爬虫類型のものが多い。


 特に多く使役されているのは「コボルト」と呼ばれている(おおかみ)の姿をした戦士だ。個体によって微細な違いはあるが、おおかた人間の子供ほどの体格で、灰色のつやのある毛並みを持ち、簡素な防具を身につけ、片刃のサーベルを武器にしている。発達した後ろ足で二足歩行し、俊敏(しゅんびん)な動きが可能だが、戦闘における火力という面では劣っていた。


 また「リザードマン」と呼ばれるトカゲの戦士も多く使役されている。背丈は二メートル程度で、一般兵相手であれば問題なく優位に立てる召喚獣だ。武器は「ショーテル」という、大きく湾曲(わんきょく)した片刃を使う。


 この二体が、下級召喚術師でも非常に使役しやすく、魔力の消費も最小限で済む召喚獣だった。いわゆる、入門編だ。


 しかし、巨人を相手にするには力不足の召喚獣だった。


 エルナ・ヒルシュビーゲル少尉の部隊は、オーガー対して決定打となるダメージを与えられずにいた。召喚獣たちは、その大きな体躯から繰り出される腕のせいで、なかなか接近できない。その動きを凝視したまま、攻撃のチャンスを伺うばかりになってしまっている。


 加えて、巨人のいるところからほんの五十メートルのところに、集落がある。松明(たいまつ)を掲げ、アサルトライフルを装備している陸軍兵が防衛にあたっているが、そちらへ向かわれては非常に厄介だ。

 オーガーは、通常のライフルではかすり傷程度しかつけることができない。


「コボルト班、リザードマン班ともに対象の撹乱(かくらん)を優先。距離を保ちながら、オーガーの注意をひいてください!」

 エルナは部隊へ指示を叫んだ。


「少尉、くれぐれも」

 近くにいた術師のひとりが言う。


「ええ。ありがとう」

 エルナはベルトにくくってあるダガーを(さや)から引き抜いた。

 父親の形見ではなく、もう一方の短剣だ。その刃には複雑な模様が彫られている。《たいまつ》松明の炎の揺らめきが反射し、光っていた。


 そのダガーが彼女の召喚具である。


 エルナはダガーを右手で構え、刃を寝かせる。

 左手を軽く添えて、目を閉じ、意識を集中させた。


(風の精霊、女戦士(アマゾネス)フリューゲル)


 ダガーの刃が淡く光を帯び始める。

 それは、稲穂を揺らす秋の風を思わせる、緑色の光だった。


「皆! 少尉の援護だ。抜かるなよ!」

 術師たちが陣形を変えた。


 エルナが目を開く。

 トパーズのような黄色だったはずの瞳が、今はダガーの光と同じ緑色だった。


(あの巨人の魔族ですか、今日の獲物は)


 エルナには、凛々しく響き渡る女性の声が聞こえていた。


 風の精霊にして戦士である、フリューゲル。

 彼女は今、()()()()()()()()()外の世界を見ている。


(あなたにとっても、申し分ない相手でしょ?)

(ええ。我が主人(あるじ)に、力を貸しましょう。報酬は――)

(わかってるよ。なにか甘いもの、ご馳走するから)

(決まりです)


 エルナはダガーを構え、巨人に向かって走り出した。

 驚くべき俊足(しゅんそく)だった。つむじ風のように、一気にオーガーとの間合いを詰めていく。


 野太い咆哮(ほうこう)とともに、大きな腕が彼女を狙い飛んでくる。

 それを軽やかな跳躍(ちょうやく)でかわし、巨人の足元まで潜り込んだ。


 エルナはそのまま股をくぐり、振り向きざま、オーガーの両足の(かかと)を横一線に斬り込んだ。

 その一瞬だけ、ダガーの先端からは緑色の閃光が走り、大きなブロードソードくらいの刃渡りになった。


 すぐに後ろへ跳び、距離をとる。

(いいわ、フリューゲル。体が軽い)

 エルナが口元で笑う。


 フリューゲルはそよ風のような笑い声で返した。


 エルナは、召喚したその対象を自身の身体に取り憑かせてその力を借りる。

 数少ない「憑依型」の召喚術師だ。


 巨人は痛みでめちゃくちゃに(わめ)きながらバランスを崩し、膝をついた。


「総員、突撃!」

 術師たちの合図で、召喚獣の軍勢が巨人に斬りかかった。

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