私はただ死んでしまいたいだけなのに、残念です。
「そう。その角度です。いいですね」
少女は言った。
つばの広い三角帽子を被って、笑っている。
「最高です」
それは、銃を構えている敵の兵士たちへ向けた言葉だった。
少女は上機嫌だった。まるで演劇の指導者が、最高の役を演じきった舞台役者へ賞賛をおくるみたいに、満面の笑みを浮かべていた。高揚した感情が抑えきれずに、顔の表情筋に滲み出てしまっている。
彼女はふと気付いたように、兵士のひとりを指した。
「ちょっとそこのきみ。そう、右から二番目の」指された兵士は恐怖で顔をこわばらせる。「それだと銃弾が上方に逸れます。ストックを肩のもう少し上へ――そうそこ! 上出来です」
少女の周りには、魔導銃を構えた兵士が八名、半円を作るようにして立っている。
「貴様、敵に対して助言とは――どこまで我がソルブデン帝国軍を嘲り倒す気か!」
一人の初老兵士がつばを飛ばして咆哮した。
兵士たちの銃口は、一様にして彼女に向けられている。
皆、鍛えられた大きな身体の男たちだ。戦闘で使い慣れた銃を持ち、よく訓練された狙撃態勢をとっていた。彼らは今にも引き鉄をひくことができるし、状況に応じてすぐに撤退行動をとることもできた。指揮官の命令をできるだけ俊敏に実行するために、神経を尖らせている。
相手は一人。年端もいかない少女だ。
にもかかわらず、兵士たち全員が血の気を失った顔をしている。絶望をにじませた、まるで部分的にはすでにもう死んでいるかのような、灰色の顔をしている。
ここは戦場だった。
周辺はすでに長引く戦況で焼け野原だった。遠くで地響きとともに爆煙が立ちのぼった。兵士たちにはそれが味方による爆撃なのか、敵国によるものなのかはわからなかった。ただ、同じエリアに派兵されていた二個小隊はすでに損耗率が七十パーセントに達し、戦線を離脱していたことは、軍用通信で分かっていた。
「貴殿はこの分隊を指揮する曹長とお見受けします」三角帽子の少女はローブをひるがえして、初老の兵士に向き直る。「貴殿に提案があります。どうでしょう。ここで一つ手柄を立てて、国に持ち帰ると言うのは。方法は至極簡単です。曹長殿が今すぐ隊に『狙撃指示』を与える。そうすると兵士たちはいっせいに発砲し、わたしは被弾して死ぬ。それだけです。ね? 簡単でしょう? 愚考するに、曹長殿。その年ではもうすでに士官への道は途絶えてしまっているでしょうが、手土産に敵魔導師の首ひとつくらいは持ち帰ったほうが、いくぶん格好がつくのでは?」
初老兵士は、一瞬肩を震わせた。
「小娘の分際で馬鹿にしおって! 総員、撃てい!」
弾かれるように、八人の兵士たちはいっせいに魔導銃の引き鉄をひいた。
瞬刻、銃身のアンプリファイアが翡翠色の光を帯びて、放たれた閃光が少女を貫く。二発は逸れ、残り六発は右肩、右太腿に二発、左手首、右耳、そして頭部に、時間差で命中した。
被弾にあわせて、彼女の身体は鞠のように跳ねた。三角帽子は宙にとび、血液が四散し、ローブはみるみるうちに赤く染まる。
しかし、彼女は倒れずにそこに立っていた。
ほんの数秒、沈黙が流れる。
八人の兵士たちの喘ぎ。遠くの地響き。
「頭部に当てたあなた」少女はいちばん左の兵士を指す。「素晴らしい。冷静な狙撃でした。いい腕をお持ちです。でも、銃がよくなかった。そう、まったくよくなかったのです。私の言いたいことがわかりますか? よくなかったというのはつまり、私は死ねなかったということです」
なにごとも起きていなかったかのように、少女は飛ばされた帽子を拾い上げて、被りなおす。
そして、大きなため息をついた。
「めずらしく『99式500ohm』を採用している分隊でしたので、八発一度に被弾すれば、もしかすると死ねるかもしれないと思ったんですが。だめでしたね。まあ実際には六発でしたけど。このぶんだと、何発でも同じです。つまり、被弾数は致死と因果関係はない、ということです」
少女は、被弾したばかりの身とは思えないほどなめらかに、よく通る声で繰り返す。
「私は死ねなかった」
魔導銃が貫いた痕はいつのまにか消えていた。
本来ならば致命傷である頭部の損傷も、きれいに癒えている。ただ、どっぷりと血が流れて、顔が赤く濡れている。笑顔はすでに消えて、失望の表情だった。
少女は口元の血をぺろりと舐めた。
初老の兵士がわななく口を懸命に動かした。
「ばっ、化け物が……! 総員、待避だ。待避!」
指揮官の命を受け、兵士たちはいっせいに後退する。
〈――こちらベアー02。ルビー01、遊んでないでさっさとやれ。オーバー〉司令部からの通信が入る。
「こちらルビー01、やれやれ、せっかちですね。ウィルコ」少女は答える。
彼女はローブから小さな銀のシガーケースを取り出した。
中には数種類の指輪が入っていた。小ぶりダイヤモンドがひとつだけついたシンプルなものもあれば、黒曜石がリングをぐるりとおおっているものもあった。
彼女はすでに左手の小指に、青い宝石の小さな指輪をはめていたが、さらに赤い宝石のついた指輪を取り出し、右手の中指にはめ込む。
すでに兵士たちが数十メートル待避してしまっていたが、彼女は気にしていない様子だった。
指輪をはめた右手を広げ、突き出す。
魔法陣が現れた。赤い光で描かれた複雑な模様が、彼女の右手を中心にして広がった。みるみる熱を帯び、燃えさかり、魔法陣は彼女よりふた回りくらい大きくなった。
「私はただ死んでしまいたいだけなのに、残念です」
炎の塊が大きな渦を描いて、魔法陣から現れた。
炎は大蛇のようにうねり、のたうちまわるようにして、兵士たちの行く手を阻んでいく。狼狽し、逃げまどい、苦しむ兵士たちの声がかすかに聞こえたが、彼らの叫び声すら、炎が飲み込んでゆく。
「こちら、ルビー01。敵魔導銃分隊を鎮静。任務完了により、帰還します。アウト」