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まるでなにか重大な、尊厳のある生命を守るように。

巨人掃討戦。

ティルピッツに赴いたキューパー隊は射程範囲にサイクロプスを捉える。

 ツェツィーリエ・ハス中佐がスコープ越しに確認した()()は、顔の中心に大きな目玉が付いていた。


 その巨大な体躯は五メートルを超えている。

 中佐はスコープのレンズについている目盛り(ミル)と対象までの距離から、そう算出した。体つきは肥満型の中年男性のようで、下腹がでっぷりと飛び出ており、歩く姿もずいぶん滑稽(こっけい)であった。

 大きく見開かれたその目はぎょろぎょろと周りを見渡している。白目の部分は黄濁(おうだく)しており、不気味に血走っていた。口にあたる部分には下向きに大きな牙が二本生えている。あまり手入れがされているようには見えず、ひどく黄ばんでいた。

 皮膚は苔が生えたかのような深い緑色をしている。月明かりでときおり光を反射していることから、表面は湿っているのだろうか。


 ハス中佐は顔をしかめた。

「大佐、あんなの至近距離じゃとても相手にできないですよー」

「おれだってごめんだ。奴らがこちらに気がつく前に仕留める。500m地点だ。やるぞ中佐」

 キューパー大佐は首を鳴らした。

「ほいほいー」中佐は雑に敬礼する。


 彼女は再度スポッティングスコープと風速計、それに測距計を読み取る。

「対象までの距離、約830m、風向は北西、風速3.8m/sの軟風(なんぷう)。俯角約3.2度」


 大佐はアンシェリークM700を構えた。


 両腕で銃をしっかりと抱え込む。

 冷たい鉄の感触を味わうようにして、自分の身体と一体化させる。

 まるでなにか重大な、尊厳(そんげん)のある生命を守るように。

 しかし一方で、着慣れたTシャツに袖を通すかのように、構える。


「対象までの距離、約620m、風向、風速に変化なし――」


「エイミング」

 大佐はスコープの中に一体のサイクロプスを閉じ込めた。


 巨人はそのまま前進している。こちらには気づいていない。

 大佐は静かに魔導銃を可動させてゆく。


 少しずつアンプリファイアが熱を帯びる。

 赤く赤く、輝いてゆく。


「対象までの距離、約510m――」


 まもなく射程に入る。

 キューパー大佐は呼吸を止める。

 空気を乱してはならない。空で監視している半月に、気づかれてはならない。


 細心の注意を払って、大佐は引き鉄をひいた。


 甲高い銃声。

 目がくらみそうな閃光。

 腕に伝わる反動。


 緩やかに放物線を描いて光弾(こうだん)飛翔(ひしょう)する。

 流れ星が大地を目指すように、それは突き進んで行く。

 五百メートル先で一際大きく光って消える。


 鈍い(うめ)き声が草原に轟いた。


「着弾、観測します!」ハス中佐が言う。同時に通信を入れる。「全部隊、ただちに二体目の邀撃を開始!」


 スコープを覗いた中佐の目に映ったのは、痛みに苦しんで悶えているサイクロプス01だった。眼球の右端から大量の血を流し、両腕で傷口を押さえていた。

 ハス中佐はにやりと頬を綻ばせる。


「目標に的中! 九十二点! 着弾修正開始します。エレベーション右へ4クリック、ウィンデージ右へ12クリック。大佐、二弾目は?」

「コールドしたいところだが、二十秒後に撃つ。目標は引き続き01だ」

「了解」


 キューパー大佐は再度魔導銃を構える。


「対象までの距離、約500m、風向、風速に変化なし」中佐が繰り返す。


 他の部隊も狙撃も始まっていた。閃光が飛び交い、草原はいくぶん明るい。

 しかし、大佐の一弾のような致命傷はまだ与えられていなかった。


 サイクロプス01は頭部に被弾したことで地団駄(じだんだ)を踏み、泣き叫び、身体を大きく揺すっていた。


 ハス中佐は一度スコープから目を外す。

「大佐、目標を02に変更すべきでは? あれじゃあ――」

()()()()()()()0()1()()」大佐は繰り返した。


「――わかりましたっ! 点数は当ててから発表しまーす」


 大佐は01の動きを観察する。

 致命傷ではあるが、動きを止められていない。暴走して近い兵士から襲う可能性があると考えると、一体でも行動不能にするべきだ。


 冷たい空気を吸い、同じリズムで吐く。それを二回繰り返す。

 肺の空気が入れ替わり、キューパー大佐はこの世界ともう一度同化する。

 魔圧高めて、アンシェリークM700を温める。


 静かに引き金をひく。


 閃光は先ほどよりも太く、強く、輝きの増したものだった。

 瞬間、呻き声が消えた。


「着弾、確認します」

 中佐が再度スコープを覗く。とたんに、ガッツポーズを作って飛び跳ねた。

「ブラボー! 百点満点! お見事です大佐!」


 サイクロプス01の首はきれいに()ねられていた。

 魔導銃の閃光が喉元を貫通し、焼き切るようにして切断されたのだった。時間差で倒れたその巨体からは、どくどくと多量の血が流れ出ていた。


 キューパー大佐は大きく息を吐く。


 しかし、安堵もつかの間だった。

 残されたサイクロプス02は、01の一発目の被弾を見て器用に急所を隠し、兵士たちの狙撃を逃れていたらしい。


 いくつもの邪悪な感情を詰め込んだような顔で、こちらに突進してくる。


「もう一体も仕留める。中佐」

「はい!」


 三度、二人はスコープ越しに巨人を捉え、狙撃姿勢に入る。

 しかしサイクロプスは闘牛の牛のような勢いでこちらに向かってくる。

 そのだらしない体型からは想像できないスピードだった。


「急速に距離を縮めてきています。100m――あと50m!」

 ハス中佐は叫んだ。


 キューパー大佐は二階の狙撃と同じ手順で引き金をひいた。

 閃光が走る。


「退避する!」大佐は立ち上がる。


 放たれた閃光は巨人の右肩に着弾。

 血の吹き出る音と、鈍い呻き声。


 しかし巨人はなおもこちらへ突進してくる。

 二人がいる崖に勢いよくぶつかり、荒い息を吐き出しながら岩壁に手をかけている。


 退避行動をとろうとしたキューパーは思いなおし、崖の上からその姿を見ていた。

 致命傷を避けているとはいえ、狙撃兵たちの銃撃を浴び、その身体は血にまみれている。ギョロリとした大きな目は異様に充血し、口から唾液が垂れ流されている。

 その表情は怒りに満ちていた。


「大佐! 早く!」ハス中佐が叫ぶ。

「構わん。先に行け」

「なに馬鹿なこと言ってるんですか!」


 サイクロプスはその傷の深さから、もうこの崖を上がってこられるとは思えなかった。今も四方からの狙撃を受け、さらに傷を増やしている。


 そのうちひとつの閃光が、巨人の目を射抜いた。

 血が飛び、地響きのような声をあげて、巨人は仰向けに倒れる。両手で必死に顔を抑えている。


「もう、危険なことはやめてくださいよー! 狙撃手が単独で近距離交戦なんて無理なんですから」

 ハス中佐は崖を見下ろし、巨人の様子を確認して言った。


「中佐、おれは判断を誤ったのかもしれん」大佐が言う。

「なにがですか?」中佐は首を傾げる。


「おまえの提案したとおり、02に対象を変更し、二体とも致命傷を与えるべきだった。おれは、こいつらが単なる人を襲う化け物としか捉えていなかったために、一体の動きを完全に封じることを優先したが――見てみろ。こいつは悲しみ、そして怒っている」


 大佐が顎で指した巨人は、血の混じった涙を流していたのである。その目は、まっすぐ大佐を睨みつけている。憎しみを込めた凝視(ぎょうし)だった。


「――まさか同情ですか?」

「同情などせん。戦術として、感情の考慮を(おこた)ったということだ。彼らが二体で行動している意味や、そこになんらかの関係性あるかもしれないということを考えていれば、片方を残すことをしなかった」


 しばらくして、崖の下で仰向けになっていたサイクロプスは息絶え、動かなくなった。

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