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回りくどいし、堅いです。六十五点。

巨人型魔族掃討戦。

オシュトローの西側、ティルピッツには魔導銃連隊長のキューパー大佐と、副官のハス中佐が赴いていた。

「大佐ー、各部隊の定時交信、全部隊異常なしですよー」


 ツェツィーリエ・ハス中佐が、双眼鏡で三時の方向を確認しながら言った。赤毛が風に吹かれて、静かにたなびいている。


「――わかった」ヴァルター・キューパー大佐が低い声で頷く。


 キューパー大佐、ハス中佐の二人は、ティルピッツ郊外の小高い丘の上で、うつ伏せに横たわっていた。すぐ手前は五メートル程度の小さい崖になっている。


 目の前には見晴らしのよい草原が広がり、夜風にそよいでいる。

 周辺の植物は皆背の低いものでも一メートル以上は成育(せいいく)しており、身を隠すには事欠かなかった。空には半分欠けた黄色い月と星々が輝き、草原を照らしている。


 ティルピッツはオシュトローから西に三十キロメートル地点の小さな町だった。もともとはジャガイモやテンサイなどの農業で始まった集落が、鉄道が通ったことにより中途半端に都市化した町だ。現在では、西側の流通拠点のひとつだった。


 今やルーンクトブルグ軍は、オシュトローの村を中心に大きな包囲網を形成している。


 キューパー大佐率いる部隊もまた、この町に赴いて戦陣を形成していた。

 陸軍の二個中隊の応援も得て、兵数を武器に人海戦術(じんかいせんじゅつ)を展開している。二人の周辺には部下の狙撃手たちが身を潜めている。

 この網をくぐり抜けて西へ突破するなど、至難の業であるはずだ。


「大佐ー」ハス中佐が言う。「巨人って強いんですかね?」

 中佐の前にはスポッティングスコープと風速計(ふうそくけい)が立てられている。どちらも小ぶりの三脚(トライポッド)に取り付けられた、コンパクトなものだった。


「こちらが有効な攻撃手段を知らなければ、あるいは強いかもしれない。だが、おれたちはそれを知っているし、それを実行できる」

 キューパー大佐はスコープのついた狙撃魔導銃「アンシェリークM700」を二脚(バイポッド)にかけている。全長が七十センチほどある大佐の愛銃は、銃身(バレル)をまっすぐ夜の闇に向けていた。


「うーん、回りくどいし堅いです。六十五点」中佐は口を尖らせた。「あのスズ・ラングハイムというのはいったい何者ですか? 通信で聞いた感じ、ずいぶん魔族に詳しいですよねー。まだあんなに子供なのに」


「詳しくはおれも知らん。不死身ということ以外は」

「むー。二十八点。大佐、軍部の噂とかまるで興味ないですもんねー」

「あるさ。正しい情報ならな」

「いくら魔導師とはいえ、不死身って時点でおかしい話ですよ!」

 ハス中佐はぐっと顔を近づける。


 キューパー大佐は片手でその顔を押し戻す。

「まあ、ラングハイム中尉が軍の中では特殊な位置付けなのは言うまでもない。たしかに、彼女については上層部でしか語られない妙な文脈が感じられる――ただ、わかっていることはひとつだ」


「なんですかー?」中佐は首を傾げた。

「優秀な軍人であり、我々にとって有益な情報を持つ、味方だということだ」

「――なんだかそれっぽい感じに言いくるめられたので、十五点」


 大佐は口元だけで小さく笑った。


 そのとき、ノイズとともに通信が入る。


〈こちらエリア604。森林から平地へ出る巨大な生き物を確認。対象までの距離二百メートル――〉


 部隊に、緊張が走った。

 現れたか。


〈対象は一体――いや、二体です。距離を取り、観測を続行――〉


「エリア604。近いですよー大佐」ハス中佐がにやにやと笑っている。

「ああ。おれたちはどうやら運がいい」


 歩兵部隊が報告したエリア604は、大佐の部隊が陣を張っているところからちょうど二キロメートル地点だ。そのまま前進すれば、射程距離に足を踏み入れる。


〈対象、二体とも西へ移動中〉


「こちらモニカ02(ハス)」中佐が通信を入れた。「あと数十メートルでうちの縄張りでーす。二体とも仕留めるんで、よろしくー」


「通信くらいちゃんとやれ」

 大佐が狙撃銃に取り付けた暗視装置(あんしそうち)を確認する。


「大目に見てくださいよー」

 中佐も暗視装置を確認し、スポッティングスコープを覗き込む。風速計をチェックし、小型のレーザー測距計(そっきょけい)を取り出す。

「風向は北西、風速3.6m/sの軟風(なんぷう)、対象はまだ肉眼で確認できず。大佐、どうします?」


「情報が足りん。二体の巨人の種類、個体の特徴、位置関係、速度を知りたい」

「聞いてみまーす」

 何度か通信をやりとりしたあと、中佐は荷物の中から小さなメモを出し、ふんふんと鼻歌を奏でながらいくつか書き込みをしていた。


 キューパー大佐は狙撃姿勢に入る際、いつも軍用通信を切り、荷物の中にしまい込んで、ハス中佐に伝達させていた。じゅうぶんに時間をかけて、集中力を高め、安定した精度を出すためだった。

 送受信のタイミングが唐突で、ノイズも混じる軍用通信はしばしばその妨げになる。

 ちなみにハス中佐と会話を転がすのは、緊張をほぐすためのルーティンワークのようなものになっていた。


 大佐のアンシェリークM700は最長で千五百メートル先の対象を狙撃できる射程距離に加えて、非常に高い破壊力を誇る狙撃魔導銃であった。

 しかし、時間をかけて均一な魔圧で可動を行わなければならないし、二発目以降の精度を担保するためには二分間以上の銃身冷却コールド・バレル・ゼロが必要になる。

 撃ち出されるのは鉄の銃弾ではなく、高密度のエネルギー弾だが、銃身の温度や風、重力、転向力(コリオリの力)などの影響を受ける。メンテナスを怠れば、みるみる状態が落ちる、デリケートな銃だった。


 ハス中佐はよく「メンヘラの彼女みたいな銃ですね」と言っていた。キューパー大佐は無視している。たしかに面倒な相棒である。しかし、これほど頼りになる相棒もまたいない。大佐はそう思っていた。


 中佐は書き込みの終えたメモを破り、大佐に渡す。


「これでいい。作戦開始だ」大佐が承認した。

「よーし! やりますか!」中佐ははしゃぐように笑った。「モニカ(キューパー隊)総員! 対象の二体を邀撃(ようげき)しまーす! 対象魔族は『サイクロプス01、サイクロプス02』と呼称。目玉一つだけの不気味な子たちだからちびらないよーに。向かって左が01、右が02ね。01は大佐の獲物だよー。ほか全部隊は02の脚部股関節を狙撃。外したら死刑。大佐の一発目を待ってね。あとは司令部からお達しのあった通り! みんな、よろしく! 健闘を祈る!」


「見えたぞ」大佐が言う。

「ほっ! どれどれー」


 ハス中佐はスコープ越しにサイクロプスの姿を確認した。

 大きな岩が前進してくる。中佐はそう思った。

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