あとイケメンですし。
派兵部隊と村民のあいだでは軋轢が絶えないらしい。
その理由とは。
スズとバルテル隊が来るその前から、村民と派遣部隊とのあいだではなんどか衝突があったらしい。
「この村を含めて、ルーンクトブルグの西方を中心に、現政権の対抗左翼が非常に強い勢力を持ってきているんです」
状況を話してくれたのは第3召喚術大隊所属のエルナ・ヒルシュビーゲル少尉だ。彼女に率いる一個小隊が、今回の襲撃事件が起こったあと真っ先に派兵されていた。
先ほど農夫たちとの言い争いの矢面に立っていた女性だ。
ぱっちりと大きな目をしている女性だった。彼女の容姿の中で一際それが目立っていた。歳はまだ十八歳で、今年少尉になったばかりだという。ちょうどあごの高さで切りそろえられたきれいな茶色のボブカットで、トパーズのような黄色い瞳をしていた。
軍の召喚術師は、主にモスグリーンの、比較的ゆったりしたローブを身にまとっていることが多い。しかしエルナはローブではなくジャストサイズのジャケットにカーゴパンツ、編み上げブーツという出で立ちだった。
ベルトには短剣が二本、鞘に収められてくくってある。二十センチほどのダガーだった。
スズは彼女のその瞳に見覚えがあった。
そして二本のダガーのうち一本が相当使い込まれており、柄の部分が真っ黒になっていた。スズは目をみはった。
スズとバルテル少尉は野営地の一角に設営したパップテントの前で、丸太の上に腰掛けていた。エルナが淹れてくれたインスタントコーヒーはひどく薄く、白湯を飲んでいるみたいだったが、事前に「節約中なので、覚悟して飲んでください」と言われたので、文句は言えなかった。
「『白銀の党』か」バルテル少尉が言う。「たしか、対外的にはとことん宥和政策を貫いて、一方で税金は主に国内の社会保障制度を充実させるために使うっていう――まあたしかに、国民の耳には魅力的に聞こえる主張だ」
「あれ、少尉さっき自分で無学だとか言っていましたが、よく知ってますね」
スズが冷やかしを口にする。
「ガキのころの話だ。軍人になってからは、一応それなりの知識は詰め込んだつもりだ」
ルーンクトブルグの現首相であるアンゼルム・コルネリウスの連立政権は、この国における中道右派政党であるクワルフト民主同盟と、中道の民主人民党が連立協議ののち樹立に漕ぎ着けた。
しかし昨今では、この政権が国家主義的であることや、特権階級に擁護的な政策を進めていること、そして現在起きている魔族襲撃事件の対策が後手になっていることなどを批判され、議席数を減らしてきている。
そうした現政権批判を表立って行ってきたのが、「白銀の党」だった。
「ソルブデンとの交戦はいっこうに決着がつきませんし、じわりじわりと国民の中で不安が大きくなっているんですよね」エルナは言う。「そこへ今度は多発する魔族の襲撃事件。西側の州では少しずつですが、国内の安全保障を前面に押し出して公約に掲げている政治団体が得票し、議席を増やしています。『白銀の党』は、その中でも旗振り役のような存在ですね」
「この勢いじゃ、来年の連邦議会選挙では大波乱もあり得るってことか。まあ、軍人のおれたちにとっちゃ、どうなったとしてもやることは変わらねえがな」
バルトル少尉はそう言ってぐいっとコーヒーを飲む。薄いことを忘れていたのか、舌を出して顔をしかめた。
エルナがにっこりと笑う。「そういえば、今回のコカトリスの群れを貨物列車から守ったのはあの『不死身殺し』の第2魔導銃大隊だったらしいですね。バルテル少尉はもちろん、ラングハイム中尉もそこに居合わせていたとか」
「ああ、そうだ」バルテル少尉が言う。「ちなみにこの中尉は筋金入りの変人でな。あのときは巨大ニワトリの血を真正面からたっぷり被っちまった。魔導銃部隊の中じゃ、今その話で持ちきりだ」
「ちょっと少尉! 変人とは人聞きが悪いですね!」スズが少尉を睨む。
「本当じゃねえか」
「違いますよ! 最近変に尾ひれはひれがついているようですが、私は崇高な目的のためにこの命を絶とうとしているのです。『変人』だなんて俗な言い方で揶揄されては困ります」
「ええと」エルナが苦笑いをしている。「中尉と少尉――その、一応ラングハイム中尉のほうが階級が上ですよね?」
「そうですとも」スズが頷く。「この男が無礼なだけです。おまけに最近はビールばかり飲んで下っ腹が出てきたので、うちの大尉がダイエットメニューを考案している始末ですよ」
以前の「コーヒー豆買い付け任務」の際、フィルツ大尉が少佐から言い渡された「罰」だった。ちなみにダイエットメニューの考案だけでなく、実行させるところまでが「罰」だった。
「こんなちんちくりん、上官って感じしないだろ」バルトル少尉が吐き捨てる。
「ちんちくりん?! 今ちんちくりんって言いました?! 言いましたね! 死にますか! 一度死んでみますか!」
スズはバルトルの首を締めた。
「まあまあ」
エルナがやんわりと止めに入り、スズの絞殺は未遂に終わる。
「でも、その話ぶりからするに、噂は本当だったんですね」エルナは続けた。「ラングハイム中尉が『不死身』っていうの、召喚術部隊の中でも有名です。それにしてもすごいですね! 『不死身殺し』と『不死身』が共闘しただなんて、なんか熱い展開じゃありません?」
ススが首を傾げる。
「はあ――まあでも、熱いってほどでもないですけど――」
「いや、激熱ですよ!」
エルナはスズの言葉をすぐに否定する。
「あ、私実はそういうの、すごく燃えちゃうんですよね。『二つ名』というか『異名』がついている方たち! 例えばうちの連隊長、使役する召喚獣を二百体くらい持っているので、『マルシュタットの魔導要塞』って呼ばれてるんです。あの人がいる以上、首都は崩落しないっていうことを暗喩した異名ですよ。かっこいいですよね。あとイケメンですし! それと魔導銃連隊長のキューパー大佐もよくないですか? 異名は『黒眼の悪魔』。私は『ブラック・アイ・デビル』と密かに呼んでいるんですけど、これは内緒ですよ? 五百メートル以内なら確実にヘッドショットで射殺。仮に頭を隠しても、大佐の優秀な部隊には必ず包囲されてしまい、逃げることができない。その黒い瞳に睨まれた者は、残り五分の命だと思え。ヤバくないですか?! 燃えますよね! あとイケメンですし! あ、イケメンといえばザイフリート少佐もなかなか――」
「おいおい、おまえ結局顔がいい奴が好きなだけじゃねえか」
バルテル少尉が呆れ口調で言う。
「え? ああ、もちろんイケメンも好きですよ。ちょっと年上の方が好みなんですけど。だいたい三十半ばから、四十代前半がストライクですね。年の功が少しずつ感じられる辺りというか、もうたまらないですよね? ね?!」
スズとバルテル少尉は、顔を見合わせた。
エルナ・ヒルシュビーゲル少尉はちょっと変な子である――スズとバルテル少尉はお互いにそう確認した。
スズは、また別の理由でヒルシュビーゲル少尉を観察していた。
彼女の鼻筋、髪の色、そして黄色の瞳。見覚えがあった。
それに、ヒルシュビーゲルという姓。
そうか。あの赤ん坊は軍人になっていたのか。
「あれ、どうしました? ラングハイム中尉。私、顔になにかついてます?」