こっちは仕事中だ。
オシュトローの村に派兵されたスズとバルテル少尉の部隊。
キャンプ地に戻ってみると、なにやら騒ぎが。
「てめえら軍人が今さらしゃしゃり出てきやがって。さっさと帰りやがれ! 国の犬っころが!」
キャンプ地に来ていたのは、オシュトローの村の農夫のようだった。
無精髭にオーバーオールのジーンズ、泥で汚れたゴム長靴というような出で立ちの男が四人、野営地に来て口角泡を飛ばしていた。皆一様にして野営している部隊を睨みつけ、怒りを露わにしている。
「我々には、救援物資を輸送し、皆さんに届ける任務があります」農夫たちのいちばん前で対峙をしている、若い女性の軍人が言う。「それに、またいつ魔族の襲撃があるかわかりません。その規模によっては、今度は村が全壊する可能性だってあります」
「それを言う資格があると思ってんのか?!」農夫のひとりが反撃する。「それならな、最初から国の人間を守る態度ってもんを見せろ! どうして国内にもっと軍を配備しない? まあ、どうせ軍人さんたちはリオベルグを獲ることしか頭にねえんだろうけどな。魔族の襲撃は今に始まったことじゃねえんだぞ!」
野営している兵士たちは相当な数がおり、そのうち何人かは農夫たちをいまにも撃ち殺してしまいそうなほど、睨みをきかせていた。悪態をつくのを、ぎりぎりで我慢しているのがわかった。
しかし、いちばん先頭にいる女性は、そうではなかった。むしろ農夫に言い返されて、身体を縮めている。泣き出しそうにさえ見える。
「人が死んでるんだ! 牛も豚もおじゃんになった! なにもかもなくなったんだぞ! これからどう暮らしていけばいい?! おまえらになにかできるのか?!」
農夫たちは攻撃をやめなかった。
「おい、爺さんたち」バルテル少尉が農夫たちに向かって凄む。「意味のねえ喧嘩ふっかけてんじゃねえ。こっちは仕事中だ。あんたらもここでこの村を終わりにしたくないなら、やることが山ほどあるんじゃねえのか」
農夫たちは一瞬ひるむも、すぐに睨みを利かせてバルテル少尉に詰め寄る。兵士たちの先頭にいた女性も、他の兵士たちも少尉を注視した。
「――なんだと?!」
農夫のひとりがにじり寄る。
そのとき、村のほうから男の声がした。
振り返ると、青年がひとりこちらに駆けてくるのが見える。切迫した表情で、こちらに向かって声を出していた。
「親父!」
青年は農夫たちとバルテル少尉のあいだに入り、両手を挙げた。全速力で走ったせいで、息を切らしている。
「親父! ほかのみんなも――みっともない真似はよしてくれ!」
「パウル――おまえは引っ込んでろ」
農夫たちのいちばん先頭に立っていた、恰幅のいい男が言う。走ってきた青年はどうやら彼の息子のようだ。
パウルと呼ばれたその青年は、せいぜい十七歳か、それより幼く見えた。
「みんな、毒されてる。踊らされすぎだ」パウルは焦燥感を露わにして農夫たちに言う。「ルーンクトブルグ軍は、別に国民を守る気がないわけじゃない。ここ数年で国の西側に駐屯する兵は増えているし、リオベルグへ派兵されている割合も、その規模を考えると順当だ。たしかに、魔族の襲撃に対して後手になってしまっているかもしれない。でもそれは、軍のせいじゃない。何度も言っているけど――みんな、『白銀の党』に感化されすぎてる」
パウルの父親は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「たしかにそうに違いないな、パウル。しかしな、よく考えろ。力ずくで他国の領土を奪いに行くことばかり考えている国と、自国民の命を優先する国。おまえはどっちがいいんだ?」
パウルはなおも反撃した。
「リオベルグのことを言っているのか? 前提が違う。『他国の領土』じゃない。まだあそこは、国際法上どの国も領有していない。それに親父、その二項対立自体が間違いだ」
父親は少したじろいだ。
「とにかく」パウルがため息をつく。「こんなところで軍人と揉めても意味ないだろ。いったん戻ろう」
青年の背中を押されて、しぶしぶ農夫たちは野営地をあとにした。彼らは引き際に威嚇するような目で兵士たちを一瞥した。
「ごめんなさい。軍の皆さん」
パウルが父親たちに聞こえないよう小さな声で、バルテル少尉に言った。
「積み上げてきたものがなくなって、気が動転しているんです。悪い人たちではありません――救援、感謝してます。では」
青年は農夫たちの後ろについて、村へと戻っていった。
「村をまとめにゃならん立場の年寄りが感情でものを言う一方で、冷静に現状を見据える若い世代か」バルテルが言う。「おれはろくすっぽ勉強してこなかったから知らんが、この国の最近の教育はあながち間違ってねえみたいだな」
「若い世代より、むしろ年配者のほうが新しいイデオロギーを好むのは、注意深く見ておいたほうがいいかもしれません」スズは眉をひそめる。




