表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/118

じゃあ私が少佐と恋仲になってしまってもいいんですね?

パシュケブルグから帰還した第2魔導銃大隊。

テオはスズとフィルツ中尉が打ち解けられるよう「特殊任務」を言い渡す。

「クンツェンドルフ中将から聞いている。『魔導連合大隊構想まどうれんごうだいたいこうそう』は過去にも一度耳にしていたし、現状の魔族の動きを考えると、軍部としてもなんらかのてこ入れが必要になるのだろう。まあ、レーマン准将が一枚噛んでいるというのは気になるが」


 キューパー大佐が言う。


 テオは大佐の隊長室に(おもむ)いていた。

 ヴァルター・キューパー魔導銃連隊長まどうじゅうれんたいちょうはデスクに深く腰をかけ、腕を組んでいる。

 魔導銃を主な得物とするテオたちの部隊のトップである。


 目つきが異様に鋭く、短く刈り込んだ黒髪の男だ。

 左のこめかみから後頭部にかけて、敵狙撃手(てきそげきしゅ)に打たれた大きな傷がある。そのせいで新入隊員からはもれなく怖がられているが、実際には部下思いの優しい男だった。

 体格はそれほど大きくはない。だが彼は軍随一の凄腕スナイパーだった。同年代では、群を抜いた狙撃数を誇っていたらしい。


 パシュケブルグからは首都へ戻った第2魔導銃大隊(ザイフリート隊)は、それぞれ個別の日課に戻っていた。

 体力訓練や基礎戦闘訓練、狙撃訓練、新入隊員の指導教官など、多くの隊員が起きている時間のほとんどを、何かしら名前のついた活動に従事していた。


「これから忙しくなるねーテオくん」


 キューパー大佐のデスクの横に立っていた女性が言った。

 どこか面白がっているような、甘ったるい声だ。この口調は、テオのことを馬鹿にしているわけではなく、これがデフォルトなのである。


「休暇がまた減りそうですよ。ハス中佐」

「テオくん仕事人間のくせに。休みの日ってなにしてんのー?」

「別になにも。安いパブでひっかけるくらいですかね」

「うーん。それはモテない。五十二点」


 魔導銃連隊の副官であるツェツィーリエ・ハス中佐は、テオが士官として着任した当時の、直属の上官だった。ゆるめのウェーブがかかった赤毛は伸ばし始めてもうずいぶん長いらしく、肩より下まで届いている。仕事中は後ろのほうだけハーフアップにしていた。


 気の抜けたような喋り方は昔からで、テオは彼女の部下になった当初は正直なところ「はずれ」だと思った。ただそれは、彼女の精密な狙撃訓練を見て、考えが変わることになる。

 魔導銃可動のラグがまったくなく、アンプリファイアに最適な魔圧(まあつ)を等間隔で送り込み、正確な連射で的を粉々にした。撃ち合いなど挑もうものなら、あっという間に蜂の巣になるだろう。

 また、観測手(かんそくしゅ)としても非常に優秀だった。

 主に技術面において、彼女から学ぶものが多かった。ただ性格面についてはいまだに掴みきれていない。


「今回の創隊(そうたい)は軍内部のみの機密となる」キューパー大佐は続ける。「よって観兵式(かんぺいしき)はとり行わん。顔合わせは内々で済ませてもらうことになる。ただ、『不死身の魔女(ラングハイム中尉)』の部下二名は今それぞれ個別に任務を行なっているため、しばらく首都に戻れないらしい。本格的な稼働はもう少し先になるだろう――もっとも、中尉本人とは、すでに酒を飲み交わしているらしいな」


「ええ。なんと言いますか――なれなれしい性格の少女です。バルテル少尉とはもうずいぶんと打ち解けておりましたが」


 キューパー大佐は重いノックのようなリズムで笑った。

「結構なことだ。ふだんから気のおけない仲になっておけ。作戦で生きる。そういう意味では、むしろフィルツのほうが心配か」

 大佐はあごをさする。


 テオは頷いた。

「大佐の言うとおり、フィルツ大尉はたしかに優秀で、たいていの作戦においてそつなくこなすことができます。ですが、ラングハイム中尉に対しては感情的になりやすい。実際これは、中尉のほうにも多分に問題があるとは思いますが」


「うむ――それで、ザイフリート少佐はどうする?」

「はい。実は今日二人には()()()()を指示してあります」

「特殊任務?」キューパー大佐は指先を合わせてデスクの上に手を乗せる。


 テオは口元で笑った。

「高難易度の『物資調達任務』です」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 首都マルシュタットの中央通りは今日も華やいでいる。

 秋の風に吹かれて、街路樹はのんびりと揺れていた。黄金(こがね)色のアカシアや、真っ赤に染まったカエデが街を飾りつけしていた。ひらひらと舞い落ちる葉は毎年人々を楽しませている。すでに落ちてしまった木の葉は吹きだまって、道の片隅に小さな山を作っていた。


 首都では、ルーンクトブルグに流通している物品や食材が、ひととおり手に入った。

 公園の広場では野菜や果物を売る街商(がいしょう)市場(いちば)を作っている。通り沿いには色とりどりの織物を切り売っている店や、小さな雑貨店が点在している。

 この街では、金さえ払えば、自分にぴったりと合った服を仕立てることができた。粗悪な石塊(いしくれ)とそうでないものを見分ける目があるならば、貴重な魔鉱石だって手に入れることもできた。

 マルシュタット住民の多くは、それをよく熟知して、ここに居住していた。


「特殊任務と聞いて、いったいなにをするのかと思えば、コーヒー豆の買い付けですか」

 スズ・ラングハイムはザイフリート少佐に預けられたメモ紙を見ながら言う。


「さっそく文句?」となりを歩いているニコル・フィルツ大尉が睨んだ。「どんな任務であろうと、きっちり完璧にこなすべきではなくて? ラングハイム中尉」


 スズとニコルは中央通りの喧騒の中を歩いていた。ザイフリート少佐からの「特殊任務」を遂行中である。


 昨日は久しぶりの強い雨だったが、一日経てばすっかり晴れてしまった。道のところどころに水たまりができており多少歩きにくい。

 ただ、買い物日和(びより)といえば買い物日和である。秋の空は見るかぎり、しばらく泣き出すことはなさそうだ。


「任務? 雑用の間違いですよね? だいたいなんでしたっけ? あの人。()()()()()()()()准尉でしたっけ」

「エルレンマイヤー准尉」ニコルは訂正する。


 スズはため息をつく。

「あの人があり得ないくらいコーヒーを淹れるのが下手で、ずいぶん豆を無駄にしたから買い足しって、なんてアホな理由でしょうか? 卓費払ってる士官全員、総じて大噴火ですよ。だいたい買い足すにしても、()()()()()()()()准尉が自分で行けばいいじゃないですか!」

「エルレンマイヤー准尉」ニコルは訂正する。


 スズは紺色のローブをひるがえして、大尉に向き直った。

「大尉は感じないんですか? (いきどお)りや不条理、世の中の理不尽さというものを」


「ずいぶん大袈裟(おおげさ)ね――どんな理由にせよ、少佐からの命令は遂行すべき任務よ。まあ、あなたがやりたくないというのであればいいのだけれど。少佐には『ラングハイム中尉は途中で作戦を放棄しました』って報告しておくわ」


「フィルツ大尉、そういえば」スズはにやりと口元を曲げる。「大尉は少佐のこと、ちょっと気になる感じですか?」


 ニコルからの応答がない。

「大尉ー。聞いてますか? オーバー(応答セヨ)。あれ、顔赤いですよ?」


「赤くありません!」ニコルはスズを睨みつけた。「ザイフリート少佐は、士官学校では同期だったけど、今は尊敬する上官よ。それはまあ、付き合いが長いぶん、お互いわかり合っているつもり。でも、そういう気持ちとかでは」


「いいじゃないですか。上司と部下の関係でも、恋愛くらい」

「だから、そういうのではないって」

「じゃあ私が少佐と恋仲になってしまってもいいんですね?」

「えっ?」


 とたんにニコルの表情は固まってしまう。

 拳銃を(ひたい)に突きつけられたみたいな顔だった。

 わかりやすい人だなあと、スズは思う。


「冗談ですよ、冗談」スズは臆面(おくめん)もない笑顔で言った。「大尉はもしかしたら私のことを、少佐に寄ってきた泥棒猫(どろぼうねこ)みたいに思っているかもしれませんけど、しっかり否定しておきます。私はなんとも思ってません。私はただ、少佐の魔導銃(ノヴァ)に興味があるだけですから。あの銃で撃ち抜かれるのを、楽しみにしているだけですから」

 スズは鼻歌を歌いながら、すたすたと歩いていく。


 ニコルは首を傾げる。「なによそれ――」


「あ、あの店じゃないですかね」スズの指差す先に、古めかしい(たたず)まいの一軒屋があった。「『コーヒー豆専門店』って書いてますよ」


 ベルを鳴らして店内に入ると、豆を焙煎(ばいせん)した香ばしい匂いが鼻を刺激した。

 店の壁という壁が飾り棚で細かく仕切られており、たくさんの銘柄のコーヒー豆が並べられていた。決して広くはない店内に収まるように、器用にレイアウトしてある。コーヒーの抽出に使ういろいろなかたちをした器具も、一緒に置いてあった――たしか、あれは「サイフォン」というのだっけ。スズは思った。


「いらっしゃい」奥のカウンターから老人がひょいっと顔を出した。「おや、軍人さんだね」

 白いひげを豊かにたくわえたその店主は、ニコルが身につけているティールブルーの制服を見て言った。彼は焦げ茶色のベストを着ており、小綺麗なベージュのスラックスを履いている。耳が大きく、象のように広がっているのが特徴的だった。


「どの豆がよいかな」

「ええとですね」スズはメモ紙をローブのポケットから引っ張り出して読み上げる。「マンデリンとモカを、それぞれ五キロずつお願いします」

「豆のままでいいのかい?」店主は尋ねる。

「どうなんですか大尉?」スズはニコルを振り返る。

「ええ、豆のままでお願いします――うちの士官室、()きたてじゃないと文句言う人たちが多いのよ」

 ニコルがそう言うと、「少し時間がかかるから」と店主は木製のスツールに座るよう勧めてくれた。


 スツールに腰かけ、店主が注文した豆を麻袋に詰めていると、店の奥から小さな女の子が飛び出してきた。


 すそに黄色の花柄がついた、可愛らしい白のワンピースを着ている少女だった。まだ年は五、六歳程度だろうか。栗色の髪は、右側に束ねて器用に三つ編みにされていた。


 その女の子は手になにか持っている。ちょうど顔くらいの大きさの、一枚の洋紙だった。


「おじいちゃん、ここ貼っていい?」あどけない声で、女の子は言う。

「ああ、豆の銘柄が隠れないようにね」

「わかってるって」


 女の子がぺたぺたと壁に貼り付けているその洋紙には、猫が描かれていた。


 ふさふさした白い毛に、ところどころ茶色も混ざった猫だった。脚や尾は、その胴体とは不釣り合いに短かく、一方で耳が異様に大きかったが、さすがに実際の姿ではないだろう。まあ、ご愛嬌である。

 猫の絵の上に、赤いクレヨンで「ルーシー、さがしています」と書かれていた。

  

「猫ちゃん、いなくなっちゃったの?」ニコルが女の子に尋ねた。

 女の子はぱっと振り返って彼女を見た。数秒間観察したのち、悪者(わるもの)ではないと判断したようで、こくりと頷いた。


「ルーシーがね、家出しちゃったの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ