思い出すとちょっと恥ずかしいです。
見事コカトリスを撃退したザイフリート隊とラングハイム中尉。
中尉が言っていた「ブリッツ」とは一体?
魔族がこの世界に発生した原因が、明らかに。
「それで中尉、先ほど魔導連合云々と言っていたね。もちろん、詳しく聞かせてくれるんだろう」
合計九体のコカトリスを迎撃したあと、テオは負傷した隊員の救護と部隊の再編成を指示し、ラングハイム中尉、それにフィルツ大尉を連れて、一号車まで引き返してきた。
「魔導連合大隊。通称『ブリッツ』です」中尉は言う。「通称と言っても、まだ出来上がってもいないので誰からも呼ばれたことありませんけどね。さきほどお話しした、クンツェンドルフ総司令官に提言した新設部隊のことですよ。私の部隊と、ザイフリート少佐の部隊をくっつけて、はい出来上がり」
スズは一号車に戻るなり積荷に腰をかけ、水筒の水をごくごくと飲んだ。疲弊しているというほどではないが、ずいぶん汗をかいている。
そういえば、あの強姦魔を追いかけて路地を走ったときも息を切らしていた。あまり体力がないだけなのだろうか。それとも彼女の「体質」のほうに、なにか関係があるのだろうか。
「まったく、中火で炒めれば五分で完成するみたいな言い草だな。そんなことはまだキューパー連隊長からも、司令部からも聞いていないぞ」
「ええまあ、昨日申請したのものですから。そりゃあ、初耳かと思います」中尉は何食わぬ顔をしている。
テオは天井を仰いで、それから目を閉じた。
いよいよ突拍子もない話だ。どう考えても、中尉クラスの士官から聞かされる話ではない。
そしてフィルツ大尉こそ、この状況をほとんど飲み込めていないはずだった。
だが彼女は戸惑いを見せるどころか、完全に中尉を異物扱いする目をしている。微動だにしない視線で、今にも刈り取ろうとしている。
実際のところ、ラングハイム中尉のことをどうフィルツ大尉に説明するべきか、テオはかなり迷っていた。
テオ自身が召喚されたという事実については、一握りの将校クラス以上、そして大召喚術師しか知るところではない。それに則れば、中尉の転生についても伏せておくべきだろう。
問題は彼女の年齢と体質だ。
特に体質のほうは、さきほど派手にコカトリスの血を浴びて平気な顔をしているわけなので、言及しないのは逆に不自然である。
「中尉。こちらはフィルツ大尉、第2魔導銃大隊の副大隊長だ。さて――中尉のことは順序立てて紹介しないといけないと思うのだが」
「これは、申し遅れました」中尉が思い出したように敬礼する。「第501魔導部隊、スズ・ラングハイム中尉であります。ええと、大尉はもしかして、怒ってますか?」
フィルツ大尉は「いいえ」と低く小さな声で唸った。
それから、思わぬことを言った。
「少佐、昨日体調が優れなかったのは、彼女と遅くまで一緒にいたからですか?」
テオは目を丸くした。
「――大尉、なんで知っているんだ?」
「いいえ、知りません。勘です」
フィルツ大尉はテオの顔をいっさい見ずに、言い捨てた。
なんと恐ろしい勘だ。
そして、なにも悪行をはたらいたわけではないのに、謝らなければいけないという気持ちになるのはどうしてだろう。
「あの夜は楽しかったですね、少佐」まずい、中尉がだれも得をしない方向へ話を進めようとしている。「酔った私を、少佐がおんぶして官舎まで連れて行ってくれたんです。別れ際、『おまえを助けてみせる』って言ってくれましたね。いやあもう、思い出すとちょっと恥ずかしいです」
おい、なにをもじもじしている。
「なっ?! ――ちょっとテオ――少佐、本当ですか?!」フィルツ大尉の目がテオに突き刺さる。
「大尉、ちょっとまて。落ち着くべきだ。たしかに中尉は泥酔していたし、官舎まで送ったこともたしかだが、別になにも――おいラングハイム中尉! 誤解を招くような言い方はやめろ!」
話がまったく前に進まない。ラングハイム中尉をいったん脇に追いやり、フィルツ大尉を慎重に慎重になだめて、数分後、ようやく件の「魔導連合大隊」に軌道修正をした。
「今回の部隊新設はなにも私の趣味というわけではなくてですね、ちゃんとした動機というか、発足の理由があるんですよ。いくら私でも、思いつきで部隊を勝手にいじくり回したりはしません」
こう見えてちゃんと仕事してるんですよ――中尉は付け加える。
「詳しくは司令部から指示書を受け取った際に確認をいただきたいんですが、ルーンクトブルグの西側では今、魔族の目撃情報が増えているのです。今襲撃してきたコカトリスちゃんたちも恐らく、イオニク盆地からはるばるやって来たのだと思います」ラングハイム中尉は立ち上がり、腕を腰のうしろに回した。「さて、ここで歴史の復習ですよ。フィルツ大尉、今より六十年前、旧イオニク公国では内戦がありましたが、首謀者はだれでしたか?」
突然当てられて、大尉は少しむっとする。
「――大召喚術師フォルテュナ・ファウルダースです。イオニク公国の君主リシャール四世の圧政に耐えかねて、ほかの召喚術師や魔導師とともに反乱軍を結成した――と、士官学校では教えられていますが」
「ご名答です! 大尉は頭脳明晰ですね」
ラングハイム中尉はわざとらしい拍手をした。フィルツ大尉はふんと鼻を鳴らす。
「ファウルダース卿の反乱軍は、おびただしい数の魔族を召喚してイオニク公国を制圧していきます」中尉は続ける。「ですが、即席で呼び出した魔族たちがずっと召喚術師の指示を聞くほど利口であり続けるわけもなく、イオニクを飛び出して好き勝手暴れ回ります。それをルーンクトブルグ軍、ソルブデン軍、そのほか各国の義勇兵などが剣を取り、討伐に挑みます。これがですね――はい少佐!」
「オルフの大戦か」テオは答える。
「そのとおりです。まるまる一年かかり、魔族を鎮圧しました。そして、イオニクの北部、現在戦火の絶えないリオベルグを除く、国土のすべてををぐるりと覆うように、築城式結界を構築します。三百人を超える魔導師が土属性の中級魔法を施しました。ぶっちぎりで世界最大規模です。国ひとつ覆うなんて、前代未聞でした。この結界の範囲が、現在のイオニク盆地です。俗に『イオニクの樹海』と呼ばれていますね。めったなことがない限り、だれも近づきません。オルフ戦争で、事実上イオニク公国は滅びました――ここまでは、お二人ともよろしいですね?」
テオは頷いた。フィルツ大尉はあからさまに「なによこの小娘」という顔をしている。
「この結界の中――イオニク盆地には討伐しきれなかった魔族が閉じ込められているのですが、最近――もう五年ほど前からですかね――少しずつ結界の外にも魔族が現れるようになり、たびたび目撃情報があがっているのです。現状、国民向けには『結界の寿命』ということで、魔導師が定期的に補修を行えば問題はない、ということになっています」
魔族の目撃情報については、中尉の言うとおりたびたび報道がなされていた。長いあいだイオニクの樹海に封印され続けていた魔族だが、昨今結界の外へ飛び出し、人里に姿を見せるようになっている。
大きな事件としては、二年前に南西部のメニルという村を小鬼の群れが襲撃したというものがあった。十数体の小鬼が村民を襲い、近くの駐屯兵が駆けつけるまでに死傷者が二十二名出ており、ここ最近の魔族関連の事件としてはいちばん被害が大きい。
「ラングハイム中尉。悪いが軍人でも多くの者が『結界の寿命』という理由で説明されていると思うが、違うのか?」
「はい、違います。実際には何が起こっているのか。実はこれを第2魔導銃大隊に伝えるように、レーマン参謀長に言われました。ちょっとしたおつかいです」中尉はにっこりとして言う。「ちなみにこれは一部の将校と特殊部隊にしか共有されていない情報です。聞くとあとに引けなくなります。近日中にハードな仕事が矢継ぎ早に舞い込みますが、よろしいですか?」
フィルツ大尉が不安を浮かべた顔をしてテオを見た。
話が少し見えてきた。なるほど、レーマン参謀長か。
少し前からイオニク盆地周辺の魔族観測任務を指示していたのは司令部だが、参謀がよく口を出しているのは有名な話だった。参謀はあくまで補佐的役割として置かれるのがふつうだが、我が軍の実態として、レーマン参謀長の発言権は強い。
そうか、あのいつもにこにことして底の見えない、白ひげのじいさんか。
テオは鼻から息を吐いた。「中尉も人が悪い。参謀のトップがおつかいを出している。それが本当なら、きみも手ぶらで帰るわけには行かないんだろう? 我々にも選択肢はない。これはもう、そういう状況だと思うけどね」
「少佐、出世が早いだけありますね」ラングハイム中尉は口角を上げる。「話を続けます。今回起きている、いわゆる魔族の脱走は結界の寿命ではありません。当然結界は定期的な魔力の供給が必要不可欠ですが、これに関してはルーンクトブルグ、ソルブデンは条約を結んで、きちんと履行されています。魔族は、召喚術師――それもそれなりに力のある上級召喚術師が、意図的に操作していると考えられています」
「ちょっと、待ってください」フィルツ大尉が割り込んだ。「にわかには、信じられません。その話が本当なら、その召喚術師はイオニクの築城式結界の内側に入って、なにかしているということですか? それこそ条約で禁止されているはずです」
ラングハイム中尉は頷く。
「そのとおりです。ただ、これまでにルーンクトブルグの国内で討伐された魔族の検視を行ったところ、召喚術師が使役する際に使う魔鉱石の反応が検出されたようです。検視に立ち会って、そう判断したのは大召喚術師のレオン・グラニエ=ドフェール卿ですから、信憑性はあると思いますよ」
中尉はちらりとテオを見た。
テオをこの世界へ召喚した大召喚師レオン。軍の学術部門のトップだ。
「その召喚術師、もしくは召喚術師たちの所属や目的については、何か情報はないのか?」
テオの質問に、中尉は首を横にふる。
「予測はいくらでも立てられますが、現状はまだなにも」
テオはため息をついた。
「まとめると、その召喚術師がいったいどこのどいつか突き止めて、かつ前触れもなく出現する魔族の相手をするために、中尉の言う『魔導連合大隊』が総隊される。そういうわけだ」
「少佐、単に相手をするだけではありません」ラングハイム中尉は言う。「討伐です。下手に魔族を生かして、繁殖されてはたまったものではありません。まあ、以前申し上げたように連合大隊の構想自体は私も賛成で、むしろ総隊すべきと言ってきた筆頭です。ザイフリート少佐の部隊を推薦したもの、私ですし」
テオは訝る。
「そもそも、どうしておれたちなんだ? それにラングハイム中尉、なぜきみがその旗振り役になっている?」
中尉は子供のように口を尖らせる。
「えー嫌なんですか?」
「そういう話じゃない」テオは呆れ顔で首を横に振った。「まあ、たとえ嫌でも総司令部が決めたのなら、そう動くしかない」
「いろいろ――本当にいろいろあるんですよ。長く生きていると」
最後のほうは、フィルツ大尉に聞こえないようにか、小声になった。
「まあ、いくつかある理由のうちひとつ、事が急がれる理由がレーマン准将です。」中尉は少し苦々しい顔をした。
「昨年の秋ごろ、コルネリウス首相の連立政権の議席が、このままだと連邦議会の過半数に届かない見込みが立ちました。連立政党はルーンクトブルグ西部で高い支持率を誇っていたんですが、政権が魔族の襲撃に対してなんら対策を取れていないことが露呈しはじめて、対抗する左派が叩きにきてるんですよね」
ずいぶん唐突な、きな臭い話だった。
「知ってます? レーマン参謀長とコルネリウス首相は同郷で、大学も同じなんですよ」




