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白銀の簒奪者  作者: たかまち ゆう


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第96話

 一ヶ月以上に及ぶ馬車の旅は、概ね快適だった。


 懸念していた襲撃もなく、スピーシアの使者の御者としての腕は確かであり、身体的な負担は大分軽くなった。

 休憩もタイミングよく取ってくれたので、トイレで困ることもあまりなかった。


 一番困ったのは、急に退屈になったことだ。

 今までは、歩くことに必死で、余裕が無かったのだが……肉体的な負荷がかからなくなったことで、時間を持て余すようになってしまったのである。


 あまりにも暇だったので、つい、隣に座っているミスティの頬をつついてしまった。

 彼女の横顔を見ていたら、そういうことをしてみたくなったのだ。


 すると、ミスティは困惑した様子で、男は皆、女性に同じことをするのか、と尋ねてきた。

 どうやら、タームも僕と同じように、ミスティの頭を撫でたり、頬をつついたりしたらしい。

 それを聞いて、同じことは二度とやらないようにしようと思った。


 僕達は、馬車の中で、ちょっとしたゲームをしたり、各々が色々な話を披露した。

 そして、そのうちに自然と、全員の生い立ちについて話すことになった。


 中でも積極的に話したのがベルさんであり、姉であるルーシュさんが、いかにぼんやりした人だったかを教えてくれた。

 その頃のルーシュさんを知っていたら、ベルさんを殺すことを検討しているなどとは、想像もできないのも無理はないだろう。


 また、ルティアさんやレレのことについても、ベルさんの方が本人達よりも話した。

 ルティアさんは迷惑そうな様子で、レレはとても恥ずかしそうにしていた。


 少し意外だったのは、ルティアさんとベルさんの歳が、思っていたよりも離れていたことだ。

 どうやら、僕とルティアさんの歳は、ほとんど離れていないらしい。

 幼い頃のルティアさんは、ベルさんを「ヴェルお姉ちゃん」と呼んでいたそうだ。

 今の2人からは想像できない話である。


 ベルさんの表情が硬いものに変わったのは、レレが父親について話した時だった。

 やはり、ベルさんは自分の義理の兄に対して、通常とは異なる感情を抱いているようだ。

 そして、レレもルティアさんも、そのことを察しているように感じられた。


 僕とクレアの思い出は、少し話しただけで、かなり微妙な空気になってしまった。

 僕達の話に純粋な興味を示したのは、ノエルだけだった。

 他のメンバーは、嫉妬のような感情を示したのである。

 ルティアさんやミスティにも、そのような反応をされてしまうと、話を続けることはできなかった。


 まともに話すことができたのは、僕がベルさんと会った後の話と、クレアの祖父の話だけだった。

 クレアの祖父のことを、僕はクレアと共に「おじいちゃん」と呼んでいた。

 おじいちゃんの思い出なら、クレアが関わらないものだけでもかなりあるので、僕はそれを話した。


 驚いたのは、おじいちゃんに対してベルさんが強い関心を示したことだ。

 ベルさんは、相手がオットームであれば、ダッデウドに対して好意的な者にすら敵意を示す。

 そんな彼女が、おじいちゃんに対してだけは好意的な反応を示した。

 これには、ルティアさんもレレも、とても驚いた顔をしたので、極めて異例なことに違いない。


 ミスティは、ダッデウドだった母親の話をしてくれた。

 案の定というべきか、ミスティの母親も娼婦だったらしい。

 まあ、ダッデウドはまともな職になど就けないだろうから、それは仕方のないことなのだろう。


 意外に感じられたのは、ミスティの母親はオットームの男達から好評で、かなり稼いでいたらしいということだ。

 特に、珍しいものが好きな金持ちから評価されていたらしいが……よく考えてみれば、それは当然のことなのかもしれない。


 ダッデウドは、オットームの社会で嫌われているが……ダッデウドの女性は、オットームの女性よりも肌が白く、顔立ちも整っていて、何より身体付きが素晴らしいのだ。

 ゴドルがミアを飼っていたことも、先入観なく見れば、ダッデウドの女性が素晴らしいことを証明している。


 ミスティの母親が実は金持ちだったという話を聞いて、ベルさんは不快そうに言った。

「だったら、貴方はいつまでもティルトに付いて来る必要なんてないじゃない。母親から相続した財産を使って、どこかの土地でも買って、オットームの男と結婚して幸せになればいいのよ」

「母のお金は……既に大半が失われています。母が、恵まれない人達にお金を渡していたことと、母が病気を患った時の薬代で……」

 そう言ってミスティは涙ぐんだが、ベルさんは鼻を鳴らした。

「寄付をしていた、ですって? どうせ、卑しい連中が、貴方の母親を騙したんでしょう? だからオットームは嫌いなのよ」

「母は……髪の色なんて関係ない、皆が仲良くできる世の中を願っていたんです!」

「夢物語よ、そんなもの。やっぱり、誰に反対されても、ダッデウドの救出活動を早く始めるべきだったわ。貴方の母親が生きていれば、ダッデウドの里に連れて行って、ダッデウドだけが存在する世界こそが一番素晴らしいと教えてあげられたのに」

「そんな世界の、どこが素晴らしいっていうんですか!? 母は、髪の色が違う私のことも愛してくれました!」

「……貴方がダッデウドなら良かったのに。オットームに存在価値なんて無いわよ」

「酷い……!」

「事実だわ」


「おい、ヴェル。それくらいにしておけ」

 ルティアさんがそう言ってベルさんを止めた。

 ミスティは、僕にしがみついて泣き出してしまった。僕は彼女の頭を撫でる。

 ベルさんは、そんなミスティのことを睨み、僕に白い目を向けた。


 ノエルは、自分の過去を話したがらなかった。

 どうやら、オットームである祖母に育てられたらしいが……住んでいた村では、僕よりも酷く、レレの場合よりも陰湿ないじめを受けていたらしい。

 当時のことを思い出して、真っ青な顔でブルブルと震えるノエルを、慌てた様子でクレアとレレが慰める。

 とても、詳しい話を聞けそうな様子ではなかった。


 そのタイミングで、僕は話題を変えることにした。

 気になっていたことを、ベルさん達に尋ねる。


「せっかくの機会なので、ダッデウドの歴史を詳しく教えてください」

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