第8話
チクリと、首に何かを刺されたような感じがした。
「……!?」
全身から力が抜ける。
僕は倒れ込んで、ベルさんに抱かれるような状態になった。
「ティルト!」
クレアが、焦った様子で叫ぶ。
「安心して。私、魔法の制御には自信があるの。少しの間、動けないようにしただけだから」
そう言いながら、ベルさんが僕を仰向けに横たえる。
頭が傾き、回復魔法をかけ続けているクレアの後ろ姿と、投げ出されたスーザンの脚が視界に入る。
ベルさんは、クレアの後ろに立った。
その右手には、いつの間に拾ったのか、僕が取り落とした剣を下げている。
「その子、もう脚は大分治ったみたいね。貴方、かなりの使い手だわ」
ベルさんは、感心したように呟いた。
「スーザンのことは、絶対に助けます! ティルトに、これ以上、人を殺させるわけにはいかない……!」
「でも、その子はティルトに恨まれていたのでしょう? このまま見殺しにして、復讐を果たさせるべきではないかしら?」
「そんなこと、させません!」
「そう。でも、その子、腕の傷も大きいわよ? そっちも早く治さないと、出血多量で死ぬわね」
「……そろそろ、脚の出血が止まります。必ず、助けます!」
「必死なのは結構だけど、その魔法、いつまで使い続けられるかしら?」
「心配していただく必要はありません。……お父さんの時に、貴方が止めてくれたおかげで、魔力はまだ残っていますから」
「そうでしょうね。でも、魔法は、魔力があるだけでは使えないでしょう? 例えば、攻撃魔法は、相手を攻撃する意志が無ければ発動しないわ。回復魔法は、誰かを助けたい、という意志があってこそ発動するはずよね?」
「……何が言いたいんですか?」
「つまり、他のことに気を取られて全く集中できない状態では、魔法は使えない、ということよ」
そう言って、ベルさんは、突然クレアのスカートを引っ張った。
そして、剣を使って、そのスカートを縦に切り裂いた。
「……っ!」
クレアの動揺が、全身の震えで伝わってくる。
彼女の両脚と、白い下着で覆われた下半身が、殆ど露わになっていた。
「あら、魔法の効力が落ちたんじゃないかしら? ちゃんと集中しないと、その子を助けられないわよ?」
ベルさんは楽しそうに言った。
酷い……僕をいじめていた連中ですら、ここまでのことはしなかったのに……!
「……絶対に、助けます!」
クレアは、泣きそうな声で叫び、スーザンの腕に魔法をかけ始めた。
下着を隠す素振りは無い。そんなことをしても、無駄だと分かっているからだろう。
魔法を使うためには、対象に集中しなければならない。片手で、ずっとスカートを抑え続けるわけにはいかないのだ。
クレアは、スーザンのように、平気で膝を出したりするような、破廉恥な神経の持ち主ではない。
そんな彼女が、このような仕打ちを受けて、どれほどの屈辱だろう?
こんなことをされても、スーザンを助けることを諦めないなんて……。
彼女の意志の強さは、驚くべきものだった。
「あら、意外と根性があるのね。もしもお尻を隠そうとしたら、お仕置きとして、下着も脱がしてあげようと思ったけど」
ベルさんは、驚くほど外道なことを言う。
なんて人だ!
自分も同じ女性だというのに、大勢の人が見ている前で、こんな酷いことをするなんて……!
ベルさんがこちらに視線を向けてくる。
僕は、慌てて目を逸らした。冷静に考えると、一番近い位置でクレアの下着を見ているのは僕なのだ。
「まあ! ティルトが、貴方のお尻を見て興奮してるわよ?」
ベルさんが、わざとらしい口調で、とんでもないことを言う。
慌てて抗議しようとしたが、声が出なかった。口や喉に力が入らない。
「……お願い……見ないで……!」
クレアが、泣きそうな声を張り上げる。
弁解したかったが、やはり声が出ない。
僕は、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「あら、また魔法の効力が落ちてるみたいね? その程度の覚悟で、人を助けることなんてできるのかしら? ……それにしても、貴方のお尻って、形が綺麗よね」
「……いやっ……!」
クレアが苦悶の声を漏らした。僕は、思わず視線を向ける。
ベルさんが、クレアのお尻を、下着の上から撫でていた。
一気に、頭に血が上った。
「やめろ!」
ようやく声が出た。身体にも力が戻り、僕は跳ね起きる。
「……ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎたわ」
僕が激怒していることが伝わったのか、ベルさんはクレアの下半身に、自分が纏っていたフード付きのマントを巻き付けた。
「今更謝って、それで済むことですか!? こんな風に、クレアを傷付けるなんて……!」
「ティルト、やめて! 私は大丈夫だから!!」
クレアが、必死な様子で叫んだ。
どうして、クレアは止めるんだろう?
彼女の言葉で気を悪くしたとしても、ベルさんの仕打ちは、あまりにも理不尽だ。
僕の怒りは、すぐには収まらなかった。
しかし、ふと気付く。
クレアは、僕に怒ってほしくないのだ。
怒りに任せて、先ほどと同じような行動を取ることを、懸念しているのだろう。
そこまで考えて、一気に冷静になった。
「クレア、ごめん……」
僕は、心の底から謝った。
「……いいの。私は怒ってないから。だから、ティルトも怒らないで? お願いだから……」
自分が受けた仕打ちのことよりも、僕が暴走することを気にするなんて……。
僕は、クレアの善良さに救われた気がした。