第82話
時が止まったように感じた。
「……それは……冗談だよね?」
僕がそう言うと、ミスティは苛立ったような顔をした。
「そんなわけないでしょう? その人は、私を殺すと言ってるんですよ? だったら、私を守るために、その人を殺してください」
ミスティは真顔で言った。
その様子から、本気でベルさんのことを殺してもらいたいと思っていることは明らかだった。
「面白いことを言うのね。確かに、貴方が言う通り……これから貴方が安心して生きるためには、私を殺す以外にないでしょうね」
ベルさんが、笑みを浮かべながら応じた。
しかし、目が笑っていない。
本気で、僕と殺し合う可能性について考えているのだろう。
「ちょっと待ってください! そもそも、ベルさんがミスティを殺す、という言葉を取り消せばいいだけでしょう!?」
僕がそう言うと、ベルさんは鼻で笑った。
「冗談じゃないわよ。ダッデウドの血を引いたオットームなんて、生かしておいても害になるだけだわ。これは、昔から変わらない持論だから、今さら取り消したりしないわよ」
「でも、ダッデウドの子孫は欲しいんですよね?」
「そうよ。でも、産まれたのがオットームなら、さっさと始末するべきであることに変わりないわ」
「そんなの、無茶苦茶じゃないですか! ダッデウドの生殖能力は低いから、ダッデウドだけでは社会が維持できないはずです!」
「関係ないわよ。全てのオットームが死ぬべきであることに、疑う余地はないわね」
「……それだと、クレアのこともいずれ殺すつもりであるように聞こえるんですけど」
「クレアのことは、貴方への配慮で、生かしておいてあげているだけよ。仮に、貴方が死んでしまったとしたら……もう、クレアを生かしておく必要はないわね」
「……」
改めて思った。
この人は危険だ。
ミスティが言うことは正しい。
彼女のことを守りたいなら……そして、クレアのためを思うなら、ベルさんのことは殺してしまうべきだ。
しかし……ベルさんがいなければ、今後戦い続けることはできないし、逃げることも難しくなるだろう。
「ミスティ、僕にはベルさんを殺すことなんてできないよ」
「どうしてですか? 私のことを守ってくださるんですよね?」
「この人は、こんな人だけど……これから戦い続けるためには欠かせない存在だし、僕にとっては恩人なんだ。だから……」
「……私、トイレに行きたいんですけど」
「……」
場の空気が、嫌なものになった。
ミスティが、前を押さえながら、顔を真っ赤にしてこちらを見てくる。
「私……嫌です。男の人に付き添われながら……するなんて。覗かれたりしたら、抗議のために自殺します」
「覗いたりしないよ!」
「そういうことを考えてしまうことが嫌なんです。でも、そのベルという人がいたら、私は安心して1人になれないじゃないですか」
「じゃあ、僕はベルさんを見張ってるから……」
「……その人もトイレに行きたいと言っても、見張り続けますか? 目の前で排泄させますか?」
「それは……」
僕は、答えに窮してベルさんの方を見た。
ベルさんは、僕の方を冷たい目で睨んでくる。
僕の前で平然と全裸になる彼女でも、そんな姿を見られることは、さすがに嫌なようだ。
「ミスティには私が付き添います」
レレがそう言ってくれたので、僕は安心した。
「そっか。じゃあ、お願いするよ」
「……この人、信用しても大丈夫なんですか?」
ミスティが不安そうに尋ねてくる。
その言葉を聞いて、レレは不満そうな顔をした。
「大丈夫だよ。レレはいい子だから。それに、レレはミスティのことをダッデウドの仲間だと思ってるんだよ」
ミスティは、しばらく逡巡した。
しかし、既にかなり辛いらしく、スッと立ち上がった。
「……分かりました。とりあえず、男性や、そのベルさんという人よりは安心できそうですね」
ミスティは、レレと一緒に僕達から離れて行った。
その後に、クレアとノエルも付いて行き、僕はベルさんと2人きりになった。
「付いて行かなくていいの? あの子のことを守るんでしょ?」
ベルさんが、からかうように言ってくる。
「行きませんよ! 本人だって嫌がってますし、そんな非常識なことはできません!」
「甘いのね。そんなことで、あの子を守り続けることなんて出来るのかしら?」
「レレに任せれば大丈夫でしょう? あの子は、ベルさんよりも強いくらいなんですから」
「……ねえ、これから、本当にあの子を連れて歩くつもりなの?」
ベルさんが真顔になって尋ねてくる。
「そう言っているでしょう? ミスティを殺すなんて、許しませんから」
「……そう。でも、私はダッデウドの都合を優先するわ。あの子が危なくなっても助けないから、そのつもりでいてね?」
「……」
ロゼットのことがあって、ベルさんは余裕を失っているようだった。
この人は、以前からオットームのことを嫌っていたが、ここまで積極的に抹殺しようとはしていなかったように感じる。
今までは、自分がオットームに負けることはないと思っていたのかもしれない。
それなのに、ロゼットにタームを取られたことによって、危機感を高めているのだろう。
しばらく経って、ミスティ達は何事もなかった様子で戻ってくる。
だが、ミスティが僕の腕にしがみつくようにすると、場の空気が一気に険悪なものになった。
「ミスティ、くっつきすぎだよ……」
「だって、貴方の傍が一番安全じゃないですか」
「それはそうだけど……」
ミスティの豊かな胸が、僕の腕に押し付けられていた。
僕がそれを意識していることが明らかだからなのか、ミスティは満足げな表情でこちらを見上げてくる。
彼女は、僕の関心を惹き付けて、自分の身を守ろうとしているのだろう。
そんなミスティと、彼女を受け入れてしまう僕のことを、周囲の女性達は冷たい目で睨んできた。
しかし、守ると言ったからには、ミスティのことを振り払うわけにもいかない。
結局その状態のまま、僕達は次の目的地に向かって旅を再開した。




