第7話
突然、僕は強い眩暈に襲われた。
我に返って、改めて周囲の状況を確認する。
僕が振り下ろした剣は、クレアを斬る前に止まっていた。
全身から冷や汗が噴きだしてくる。
僕は、今……何をしようとした……!?
ベルさんに酷いことを言われて、駆け出した後。
僕は、ダッデウドの魔法を使うことに成功した。
魔物を殴り、斬り捨てて……その最中、ボブの首を刎ね飛ばした。
僕が……人を、殺した……?
そして、今……僕は、スーザンを痛め付け、クレアをも殺そうとした。
僕が、クレアを殺そうとするなんて……!!
「ティルト……良かった、正気に戻ったのね!」
クレアが安心した様子で言った。
そうだ、さっきまでの僕はおかしかった。
この世界の破滅を願うような、そんなドス黒い感情に、心が支配されていた。
今のは、まさか……魔法の副作用、なのか?
ダッデウドの魔法とは、こんなに恐ろしいものだったのか!
「心配しないで。スーザンのことは、私が助けるから」
クレアは、僕の手を取ってそう言った。
それから、スーザンに回復魔法をかけ始める。
まずは、脚の傷を治すつもりのようだ。
ついでに、彼女のスカートの乱れた裾を直している。その一瞬、スーザンの太腿のあたりが目に入り、僕は慌てて目を逸らした。
「もう気持ちが切れたのね。せっかく、完全なダッデウドに近付いていたのに、残念だわ」
ベルさんがそう言った。言葉とは裏腹に、どこか満足げな様子だ。
「貴方は……こうなることが、分かっていたんですか……!?」
僕がそう言うと、ベルさんは悪びれた様子もなく言った。
「ダッデウドにはよくあることよ。子供から大人になる時の通過儀礼、とでも言うべきかしら? まあ、普通なら、いちいち人を殺したりはしなのだけど……」
「そんな……酷いじゃないですか! こんなことになるなら、僕は……!」
「あら、貴方は自分の才能を開花させることに成功したのだから、素直に喜ぶべきだと思うけど? それに、私のことは恨まないっていう約束のはずよ?」
「でも、これじゃあ……本当に、ダッデウドは呪われてるじゃないですか! 僕が、あんな風に……人を殺したくなるなんて……!」
「ひょっとして、魔法の影響で人を殺したくなったと思っているの? だとしたら、それは間違いよ。貴方は元々、殺したかった相手を殺しただけだわ。貴方が殺したり、殺そうとしたのは、特に嫌いな人だけのはずよ。その証拠に、クレアのことは殺してないじゃない」
「……」
……こんなはずじゃなかった。
僕は強い力を望んだけど、人を殺したかったわけじゃない。
確かに、ボブのことは恨んでいた。スーザンのことも嫌いだった。
でも、殺したいほど憎んでいるつもりはなかったのだ。
強い力を手に入れたら、皆を助けたかったのに……!
突然、ベルさんはフードを脱いだ。
彼女の銀色の髪が広がり、村の皆から驚きの声が上がる。
彼女は、村人達を、軽蔑するような目で見回した。
「私達ダッデウドは、人類の憎しみを受け止め、それを力に変えて戦う民族。だからこそ、何者をも上回る力を有するのよ。我々のことを、呪われていると忌み嫌うのならば、オットームは自らの心の醜さを顧みるべきだわ」
「……貴方は間違っています」
魔法をかけ続けているクレアが呟いた。スーザンの脚からの出血は、殆ど止まっているように見える。
「間違っている? 私が?」
「そうです。貴方が、あんな酷いことを言って挑発しなければ、ティルトは人を殺したりしなかった。それなら、ダッデウドの印象を余計に悪くしないで済んだはずなのに……」
「あら、言ったはずよ? 私の魔力だけでは、この村を救うことはできなかったわ。かといって、ティルトは、自分の魔法を使えなかったでしょう? あの状況では、あれが、村を救う最善の方法だったはずよ」
「だとしても、あんなやり方は、すべきじゃなかったはずです」
「じゃあ、この村を見捨てるべきだった、ということかしら?」
「いいえ、貴方が一人で戦うべきでした」
「話にならないわね。そんなことをしたら、私の魔力が尽きるって言ってるでしょ?」
「それの何が問題なんですか? 底を突いた魔力は、この村に匿ってもらいながら、時間をかけて回復させれば良かったはずです。貴方がこの村を救えば、皆が貴方に感謝して、ダッデウドのイメージだって向上したはずなんですから」
「甘いわね。オットームが、命を助けたくらいで、私に感謝するはずがないわ。この村の連中は、一時的には感謝する素振りを見せたとしても、隙を突いて、私やティルトを殺そうとしたはずよ」
「そんなことはありません。私達は、皆善良な心を持っています」
「……生意気ね、貴方」
ベルさんは、クレアの言葉で気分を害したようだった。
「待ってください! クレアは、僕のことを守りたいだけで……!」
ベルさんが、クレアに何かをしようとしているので、僕は慌ててフォローした。
すると、ベルさんは、冷ややかな目で僕を見つめてきた。
「貴方、その子のことが好きなの?」
問われて、僕は一瞬言葉に詰まった。
「……いけませんか?」
今度は否定しなかった。
「そう……だったら、なおさら見逃せないわね」
ベルさんは、こちらに詰め寄って来た。
そして、僕の首筋に触れる。
「私って、嫉妬深い女なのよ」
ベルさんの声は、驚くほど冷たかった。




