第62話
僕は、皆の服を洗うために、浴室に、宿の中にあった水を運んだ。
血液は、熱いお湯で洗うと固まってしまうため、なるべく水だけで綺麗にする必要があるからである。
この宿で洗濯に使っていたであろうタライも運んだ。
3つしか見つけられなかったのが残念だが、充分な大きさがあるので、同時に2人が洗うことは可能だろう。
運搬作業の最中に、人の気配らしきものを何度か感じた。
この宿には、他の宿泊客はいない。
クレア達の居場所は分かっているし、彼女達が僕に隠れて、コソコソと動き回る必要は無い。
どうやら、異変を察知した村の人間が、様子を窺いに来ているようだ。
それならば、こちらに声をかけてきそうなものだが、それをしない、ということは……一見して他所者だと分かるこちらのことを、危険人物として警戒している、ということだろう。
どうやら、思った以上に時間は無いらしい。
僕は、水だけでなく、皆の荷物を脱衣所に運んだ。
いざという時に、逃げ出しやすくするためである。
水と荷物を運び終えて、僕は全員を浴室に呼び集めた。
ノエルは、思ったよりは落ち着いているように見える。
俯いきがちで、散々泣いたことが明らかな顔をしているが、正気を失っているような様子は無い。
むしろ、クレアが僕の方を見る目が、こちらを警戒するようなものであることが気になった。
レレは、ベルさんに支えられているような状態で、ぼんやりとした様子である。
しかし、急がなければならない事情や、僕がこの場にいる理由は認識している様子だった。
さすがに、ベルさんを除けば、気まずい空気が漂っている。
だからというわけではないが、僕は、この宿の異変を村の人間に察知されたことを、皆に伝えた。
「まずいわね……街が魔物に襲われて、この近くには警備隊の人間が来ているかもしれないわ。急いで逃げないと……」
ベルさんが深刻そうな顔で言う。
「じゃあ、服や髪を洗うのは、やめておきますか?」
「そうね……本当はそうするべきなんでしょうけど、血塗れのままで逃げるのは嫌だし、誰かに見られた時に、不審に思われるわ。せっかくティルトが水を持って来てくれたんだから、早く洗っちゃいましょう」
そう言って、ベルさんは服を脱ぎ始めた。
「ちょっと、ベルさん……!」
クレアが、彼女を止めるために声を出し、続けて、ベルさんを見ていた僕のことを、非難するように見てくる。
僕は、慌てて後ろを向いた。
「いいから、貴方も早く脱ぎなさい。ティルトも、さっさと服を洗った方がいいわ」
「ちょっと待ってください! ティルトの前で脱ぐんですか!?」
「一緒にお風呂に入ったこともあるのに、今さら何を言ってるの?」
「でも……」
「村の人間や警備隊が押し寄せてきたら、ティルト1人で全員を相手にする必要があるわ。私達を庇いながら戦ったら、相手の人数次第では、ティルトが負けることだって考えられるでしょ?」
「……」
「分かったら、下着や裸を見られるくらいのことで、いちいち大騒ぎしないで。それが出来ないなら、ティルトに、この宿に近付いたオットームを皆殺しにするように頼むことね」
「でも、私達はともかく……ノエルが可哀相ですよ」
「……いいですよ、裸を見られても」
ノエルが、暗い声で言った。
「ちょっと、ノエル!? 本当にいいの?」
「はい。ですから……死ぬ必要の無い人を殺すための相談なんて、しないでください」
「……」
「ティルト、ノエルもこう言ってくれてるんだから、急いで」
ベルさんが促してくる。
面白がって言っているなら、断固拒否するところだが、今回はそのような口調ではない。
「……じゃあ、僕も服を洗いますけど……見ても怒らないでくださいね?」
「それが原因で皆に嫌われても、私が相手をしてあげるわよ。男なんだから、貴方は堂々としていればいいの」
「分かりましたよ……」
僕は、この村の人間を殺したいとは思わない。
そんなことをしても、面白くも何ともないからだ。
だから、そうせざるを得ない事態に陥ることは防ぎたいのだが……彼女達の裸を見たら、後々まで根に持たれないだろうか?
そんなことを考えながら服を脱ぎ、意を決して振り向くと、下着姿のレレと目が合った。
「……」
レレは、無言のまま、顔を赤らめて目を逸らす。
以前から気になっていた彼女の下着は、ピンク色だった。
「ちょっと、ティルト! 鑑賞してる場合じゃないでしょ!」
あまりにも見つめすぎたため、クレアが怒った様子で言ってくる。
そんな彼女の下着は、予想通り白かった。
「ご、ごめん……」
「時間が無いから、仕方なく許してるんだから! 早く服を脱いで洗って!」
「そんなに怒らないであげて。男の子って、こういうものなのよ」
そんなことを言っているベルさんの下着は、以前と同じで黒いものだった。
しかし、形が前とは微妙に違う気がする。
彼女は、黒い下着を愛用しているのかもしれない。
ちなみに、ロゼットの下着は緑色であり、ノエルの下着は白かった。
全員の下着を確認したことは、おそらく皆に気付かれたのだと思う。
失敗したと思うが、見たい欲求を抑えられなかったのだ。
幸いなことに、誰からも文句は出なかったので、僕は自分の服を洗うことに専念した。




