第44話
ベルさん達3人は、既に元の場所に戻っていた。
「2人で一緒に、どこに行っていたの?」
こちらをからかうように、ベルさんが尋ねてくる。
「ディバド人を自称する赤毛の男に、襲われたんですよ」
「そう、貴方達も……」
「……じゃあ、ベルさん達も?」
「ええ。敵が操った熊や猪が、グラートの魔物よりも頑丈で焦ったわ」
「えっ……?」
おかしい。
あの動物達からは、それほどの脅威を感じなかった。
いや……ベルさん達を襲ったディバド人は、僕を襲ったオンドという男よりも、腕が良かったのだろう。
「あの……紐を解いていただけませんか?」
ノエルが、不安そうに申し出た。
もしも、ベルさんが解いてくれなければ、ずっと縛られたままである。
それは、今のノエルにとっては、死刑宣告のように感じられるだろう。
「あら、これ、ティルトに解いてもらわなかったの?」
「解き方が分からないんですよ……」
「そう。……ねえ、クレアはともかく……ディフィは、この子に殺されそうになったこと、許してあげるの?」
「……ティルトが許すなら、私も許します」
「皆、ずいぶん優しいのね。私、まだ怒ってるんだけど?」
「許してあげてください。僕がお願いしても、駄目ですか?」
「……いいわ。ティルトがそう言うなら、その子に対して、お仕置きはしないであげる」
そう言って、ベルさんは、ノエルを縛っていた紐を、簡単に解いてしまった。
「……」
手首をさすりながら、ノエルは俯いた。
「大丈夫、安心して。ベルさんは、本当はダッデウドに対してだけは優しいんだから」
クレアが、ノエルにそう言った。よく分からない励まし方だ。
「……ダッデウド?」
「あ、ごめんなさい! ダート人のことを、本人達はダッデウドって呼んでるの。貴方も、そのダッデウドの1人なのよ」
「……」
ノエルは、困惑した様子だった。
「歩きながら話しましょう? さっきから、村の人間の気配がするわ」
そう言って、ベルさんは視線を周囲に巡らせた。
確かに、誰かがこちらを窺っているようだ。
僕は腹が立った。この村の人間が、僕が住んでいた村の連中と同じように、ノエルをいじめたのだ!
「待ちなさい、ティルト。気持ちは分かるけど、警備隊の人間や、ディバド人の援軍が来るかもしれないわ。これ以上の連戦は危険よ」
ベルさんに止められて、僕は自重する。
そういえば、僕は魔力が尽きて、紐を切ることすらできなかったのだ。
怒りは収まらなかったが、僕は村を襲撃することを諦めた。
そして僕達は、ノエルを仲間に加えて旅を再開した。
「ベルさん、レレが髪を結うのに使っている紐って、凄く特殊な素材で出来ていたりしませんか?」
念のため、僕は尋ねた。
「いいえ、どこにでもあるような物だけど……気になることでもあるの?」
「……実は、あの紐を、一度ちぎろうとしたんです。でも、切れなくて……魔力が尽きたんじゃないかと思うんですけど……」
「あら、そうとは限らないわよ? 多分、紐を切ることを、貴方が望まなかったから切れなかったんだわ」
「えっ……?」
「貴方、あの紐のことを、ディフィが大切にしていると思ったんじゃないの? だから、気が進まなくて、魔法が使えなかったのよ。女の子に対して優しいのは、いいことだと思うわ」
「……」
ベルさんの言葉を聞いて、僕は動揺した。
あの紐をレレが大切にしている、という可能性は確かに考えた。
しかし、あの時、ノエルは辛そうにしていた。早く紐を切ってあげたかったのだ。
それに失敗したから、僕はノエルに耐え難い屈辱を与えてしまったのである。
どうして、僕は紐を切らなかったんだろう?
例えば、あの紐は誰かがレレに対して贈ったものであり、それを幼い頃から大切にしている、といった話を事前に聞いていたならば……無意識のうちに、躊躇してしまうことだって考えられる。
しかし、僕は、そういった話を一切聞いていない。
何となく、大切な物かもしれない、と思っただけだ。
そこで、恐ろしいことを思い付く。
もしも、僕が……本当は、あの結果を望んでいたとしたら?
思わず、ノエルの様子を確認した。
彼女は、やはり動揺した様子である。
自分を苦しみから解放することよりも、紐の方を大切にされたと知って、ショックなのだろう。
僕は今まで、苦痛を与える相手を選んできたつもりだ。
魔力を補給するため、という目的もあった。だからこそ、一生恨まれても、心が痛まない相手を選んできたのである。
しかし、女性を対象にして、なぶる行為を楽しんできたことに変わりはない。
ということは、相手が大切に思っている人物であっても……同じなのか?
なぶって楽しみたいという欲望は、誰に対しても持っているのだろうか?
そこまで考えて、僕は自分のことが怖くなった。
そのうち、ベルさんやレレ、そしてクレアに対しても、積極的に苦痛を与えるようになったとしたら……?
「ティルト、あんまり考え込んじゃ駄目よ?」
ベルさんがそう言った。こちらを心配しているようだ。
以前、ミアがいた町で、僕が女性を虐待した事実については、ベルさんだけが知っている。
そんな彼女には、僕が悩んでいることについて、ある程度の察しがついているのかもしれない。
ベルさんは、ダッデウドとして覚醒したとしても、本人が望まないような残虐行為はしないと保証してくれた。
今は、その言葉を信じるしかないだろう。




