第3話
クレアの家に辿り着くと、彼女は、誰かに回復魔法をかけていた。
「お父さん、しっかりして……!」
近付くと、クレアが必死に叫びながら魔法をかけていた相手は、村長である彼女の父親だと分かった。
……酷い傷だ。明らかに致命傷である。
クレアの回復魔法の効力は非常に高く、村でもトップレベルの使い手として知られているのだが、それでも助けられないことは明らかだった。
「クレア……」
僕が声をかけると、クレアは真っ青な顔をこちらに向けてきた。
「ティルト! お父さんが……!」
クレアの必死な様子を見て、僕は「諦めろ」と言えなくなってしまった。
「無駄よ。その人は助からないわ」
突然聞き覚えのある声がして振り向くと、そこには、フードを目深に被ったベルさんが立っていた。
「そんなことない! 絶対に助ける!」
クレアは、相手が誰か確認する様子もないまま叫んだ。
「諦めなさい。魔力が尽きるわよ? ひょっとしたら、貴方のお友達も怪我をしているかもしれないけど、助けられなくなってもいいの? 確実に死ぬ人間に魔法をかけるくらいなら、助けられる人を助けるべきだわ」
「……」
クレアは、しばらく迷った様子だった。
それでも魔法をかけ続けていたが、全く効果が無いことを悟ったのか、ついに使うのをやめた。
おそらく、クレアの父親は既に死んでいる。死んだ人間を生き返らせる魔法など存在しない。
両手で顔を覆って嗚咽を漏らす彼女を、僕は見守るしかなかった。
「ごめんなさい。貴方を、危ない目に遭わせてしまったわね。まさか、グラートが今日動くとは思わなかったわ」
ベルさんが、僕に頭を下げる。
「……いえ、ベルさんが悪いわけでは……」
「あら、優しいのね」
ベルさんは僕に笑いかける。
先ほどの、クレアに対する冷たい口調が嘘のようだ。
「ここは危険だわ。早く逃げましょう」
そう言って、ベルさんは僕の手を取った。
「待ってください! お願いですから、クレアも一緒に……!」
「……そうね。貴方がそこまでこだわるなら、その子も連れて行ってあげるわ」
不満そうな顔ながらも、ベルさんがそう言ってくれて、僕は安心した。
「待って! 皆を助けないと!」
クレアが、僕に縋り付くようにして叫ぶ。
「でも、僕達じゃ、あいつらに殺されちゃうよ! とにかく、今は逃げないと!」
「駄目よ!」
クレアは必死の形相だ。そんな彼女を見て、ベルさんは不快そうにしている。
突然、唸り声が聞こえた。
驚いてそちらを見ると、いつの間にか、この村を襲っていた魔物が一匹、こちらを目がけて突進してきていた!
ベルさんが、僕達の前に出る。
魔物は、ベルさんに対して、長く鋭い爪を振り下ろした。
光が走る。
何が起こったのか分らないうちに、魔物の全身は細かく切り刻まれていた。
クレアが絶叫する。
僕達の方に振り向いたベルさんは、うるさそうに顔をしかめた。
「……今のは、一体……?」
何が起こったのか分からず、僕は呟いた。
「さっきのが、ダッデウドの魔法よ。オットームが使う、紛い物みたいな攻撃魔法とは違って、本物の攻撃魔法というのはこういうものなの」
ベルさんは、少し自慢げにそう言った。
恐るべき魔法だった。
村の人が攻撃しても、あの魔物には全く通用しなかったのに……。
ふと閃いた。
ベルさんなら、この村を救えるではないか!
「その魔法で、村の皆を助けてください!」
僕がそう言うと、ベルさんは首を振った。
「嫌よ」
「そんな……!」
「だって、私には、オットームを助ける義理なんて無いもの」
「ふざけないでください!」
腹が立った。
これほどの魔法が使えるにもかかわらず、たくさんの人が死のうとしている時に、そんな理由で何もしないなんて……!
「……勘違いしないで。助けたくても、私には難しいのよ」
僕の怒りが伝わったのか、ベルさんは本当に困った様子で言った。
彼女は、ダッデウドである僕とは対立したくないのだろう。嘘を吐いている様子はない。
「どうしてですか!?」
「私の魔力は、それほど豊富にはないの。この村を襲っている魔物を全て駆逐したら、私は貴方を守れなくなるわ」
「僕のことはいいですから!」
「駄目よ。私にとっては、貴方を守ることが何より大切だもの。でも……どうしてもオットームを助けたいなら、方法はあるわよ?」
「本当ですか!?」
ベルさんが、笑みを浮かべながら言った。
「簡単なことだわ。貴方が代わりに戦うの」