第30話
「ねえ、ティルト。貴方……どうしちゃったの?」
休憩の際に、僕が1人になったところを見計らい、クレアが僕に近寄ってきて、そう言った。
「僕はどうもしないよ。まあ、ミアを死なせちゃったことは、ショックだったけどね……」
「今の貴方はおかしいわ。何だか、人を殺すことへの抵抗感が、薄れてきているみたい」
「そんなことはないよ。だから、ベルさんが野盗を殺すことにだって、反対したんじゃないか」
「でも、理由は、魔力を温存するためだったじゃない」
「あれは、ベルさんに納得してもらうための方便だよ」
「そういうやり方を、否定するつもりは無いわ。でも、あの時の貴方からは、そういう印象は受けなかったの。まるで、殺すこと自体は問題ない、とでも言いたげだったじゃない」
「考えすぎだよ」
「だったらいいけど……」
クレアは、集合地点に帰って行った。
1人になって、僕は首を振る。
彼女は優しすぎる。
まさか、あんな連中の命を奪うことにまで反対するなんて……。
先ほど、クレアがベルさんに言い負かされた時。
言葉には出さなかったが、僕は、ベルさんの言葉に共感していた。
色々なことを経験した今なら、はっきりと分かる。
オットームは卑劣で醜く、下等な民族だ。
ダッデウドと同じ人間だとは、とても思えなかった。
とはいえ、僕はベルさんと違って、全てのオットームが、ダッデウドよりも劣っているとは思っていない。
何故ならば、オットームの中にも、クレアのような優れた人間がいるからだ。
カーラだって、美しく、ミアのことを心から思う、善良な人間だった。
彼女達のような存在に対しては、ダッデウドと同等の価値を認めても構わないと思う。
だが、あの野盗達は、クレアやベルさんやレレのことを、凌辱して売り飛ばそうとしたのだ。
生かしておく価値などあるとは思えない。むしろ、本来ならば積極的に殺しておくべきクズである。
あの時、ダッデウドとして僕が目覚めなかったのは、レレの実力に驚いて、怒りが高まらなかったことも原因の1つだが……自分の心を抑制しようとしていたことが大きい。
前の町で、欲望に任せて、女性に対して外道な行為をしてしまった。
その経験が、僕を躊躇わせたのだ。
極悪人とまではいえない相手に対して、過剰な行為をするのは、普段の僕の価値観に反する。
ましてや、クレアの前であんなことをして、軽蔑されるのは嫌だ。
しかし、今になって思う。
あの連中に対しては、怒りを爆発させて、ダッデウドとしての覚醒を促進しておくべきだったと。
非常にもったいないことをした。
次は、決して躊躇しないようにしよう。
その後の旅は、特に問題なく進んだ。
僕達は、わざと大きな街道を通り、人が多く住んでいる場所の近くで野営した。
クレア以外は全員が髪を隠しており、すれ違う人からは不審に思われる可能性もあるが、なるべく魔力を回復させるためには仕方がない。
本来ならば、街の宿に泊まりたいところだった。
しかし、あまり大きな街に入れば、常駐している警備隊に捕らえられる恐れがある。
もっと小さな村などであれば、そのような心配もないのだが……。
街の近くで野営してから2日後、僕達は、小さな村に辿り着いた。
「今夜は、この村の宿に泊まりましょう」
ベルさんのその言葉に、反対する者はいなかった。
「今日は、男性と女性に分かれて泊りますよね?」
僕はそう尋ねた。
「でも、お金が……」
クレアが、心配そうな顔をする。
「大丈夫だよ。その……ミアの友達から、お金を貰ったんだ」
盗んだとは言えずに、僕は誤魔化す。
「そうなの?」
クレアの質問に対して、ベルさんが頷く。
「ええ。だから、今日は2部屋に分かれて泊るわ」
当然である。そのために、僕達はお金を盗んだのだ。
「そう。良かった……」
クレアは安心した様子で言った。
僕は、少し複雑な気分になった。
僕と同じ部屋で寝ることが、そんなに安心できないことだったのだろうか?
「でも、ティルトを1人にしておくことはできないわ」
ベルさんが、そんなことを言い出した。
「えっ……?」
「考えてもみなさい。いつ、追手が来るか分からないのよ? ひょっとしたら、警備隊の人間が、既に村の中に潜んでいて、私達が油断するのを待っているかもしれないじゃない」
「でも、僕は誰と一緒に泊まるんですか……?」
「決まってるじゃない。私と一緒に寝るのよ」
「待ってください! そんなの、納得できません!」
ベルさんの提案に、クレアが激しく抗議した。
「あら、これは当然のことじゃないかしら? だって、ティルトはまだ、ダッデウドとして戦えるか分からないでしょう? かといって、貴方には、ティルトを守れるだけの力が無いじゃない。とすると、ティルトと一緒に寝るのは、私かディフィしかいないわ。でも、ディフィはティルトと一緒に寝たくないはずよ。なら、私がティルトと一緒に寝るしかないでしょ?」
「冗談じゃありません! ベルさんとティルトだけを同じ部屋に泊まらせるなら、全員同じ部屋で寝た方がマシです!」
「そうなの? 私はティルトに身体を委ねても構わないのに」
「貴方がそういう人だから反対なんです!」
「でも、ディフィはティルトと一緒に寝るのを嫌がっているわ。かといって、この子だけ1人で寝かせるのも、仲間外れみたいでしょう? だったら、貴方とディフィが一緒に寝るのがいいと思わないかしら?」
「それはそうですけど……」
クレアは、困った様子でレレを見た。
「……クレア。私、皆と同じ部屋でもいい」
レレがそう言ったので、皆が驚いた。
「良かった! だったら、全員同じ部屋で寝ましょう!」
「ディフィったら、すっかりクレアになついちゃって」
ベルさんは、不満そうに言った。




