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花泥棒と恋占い  作者: 紫幹翠葉
3/3

初恋に味ってあるんですか?

 7時50分。

 急いだせいで、寝癖を直すことができなかった。私の髪は頑固で、針金みたいにすぐにあとがついてしまう。いつもは朝、この髪と格闘して真っ直ぐになったところでひとつにしばる。今日は時間がなかったからあちこちはねていた。



「朝から陰気だな。俺の気分まで悪くなってしまうじゃないか」



 髪を指で弄びながらがっくり肩を落としていると、後から誰かがそんなことを言った。


 ひとつ言わせて頂こう。



 知 ら ん が な。



 何故私がお前の気分を気にしなければいけないんだ。そう文句を言おうと視線を向けると、呆れた顔の美形が目に入った。

 呆れ顔までかっこいいなんてずるくない?



 朝から私の不機嫌の元凶に会ってしまうなんてついてない。でも、ここで突っかかるとめんどくさい事になりそうなので、無視して歩く。


「吹奏楽部は7時30分から練習じゃないのか?君は、20分遅刻している」


「……」


「時間を守るのは社会人としての最低限のマナーだぞ」


「……」


 あれ、なんで私は彼と一緒に登校してるんだ?

 私が短い脚を必死に動かして距離をとろうとしているのに、一条はいとも簡単に、その長い脚で悠々とついてくる。




「あの」


「ん?なんだ」


「なんで隣歩くんですか」


 そう言うと、彼は長いまつげで縁取られた目をぱちくりと瞬き、さも当然のことのように告げる。


「君は昨日俺が言ったことを忘れたのか? 生徒会長として君を監督すると言ったじゃないか」


 監督って、朝からずっと張り付いてくるものなんだ。マジか。



「そんなの、いらな……」


 反論しようとして気づいた。登校中の生徒のほとんどが私たちに注目していることに。美形の生徒会長と、陰気なマスク女。私が当事者でなければ、確かに興味を引かれる組み合わせだ。


 彼は、言葉に詰まって挙動不審になる私を私を不思議そうに見て、足を止めた。


「どうかしたか」


「……いえ、なんでもないです。早く行きましょう」


 一条の鞄をくい、と引っ張ると、何故か彼は嬉しそうな顔をした。ますますわけが分からない。





 結果として、朝練はサボった。放課後先輩方に謝らないといけないな。





 一条はそのまま私の隣を歩いて教室の前までついてきた。幸いなことに、彼は私のクラスから1番遠い8組だったから、休み時間ごとに来ることもないだろう。何か言いたそうな一条を置いて、さっさと自分の教室に入る。そんな私をクラスメイトは遠巻きに見て、ひそひそと噂する。


 私は入学式の後、季節外れのインフルエンザで1週間ほど休んでしまい、高校デビューに失敗した。登校した時には既にグループは出来上がっていて、クラスではずっとぼっちだ。でも中学の時もそうだったから特に気にはしていない。




「一条と登校してきたのってこいつ?」

「えーっ!マジで。なになに、どういう関係なわけ?」


「もしかして…一条様の彼女?」

「ありえないわ。あんな……髪もぼさぼさで、目つきは悪い、それにずっとマスクで顔を隠してる女が?」


「でも彼女、確か成績は一条様と並んで学年トップよ」

「は!では一条様のライバルというわけなのですね!」





 断じて彼女ではない。

 そこのお嬢様然としたあなた。髪の毛がはねてるのは今日だけだし、目つきが悪いのは朝から一条に会ったからなんです。まぁ…マスクを常にしているのは間違ってないが。



 あと、聞き間違いでなければ、女子生徒たちが、「一条様」と言うのが聞こえた。

 一条「様」? 様をつけられるほど偉い人だったの?


 それに、学年トップの成績ということも初耳だった。だから彼は私を知っていたのか?自分は相手のことを何も知らないのに、相手は私のことを知っている。なんだか理不尽だ。




 噂話に聞き耳を立てながら自分の席に向かう。私の席は、窓側の一番後ろという特等席だ。机の上を見ると、キャンディが1個置いてあった。



 私に?いったい誰が?



 きょろきょろとクラスを見渡すと、アッシュカラーの髪をした男子生徒と目が合った。


 そうだった。私、猫くんと同じクラスだった。



 姫崎くんは私がキャンディをつまんでいるのを見て、ニッと笑った。八重歯が口元から除き、不覚にも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。

 とりあえず、口パクでありがとうと言うと、彼は手をひらりと振った。





 ピンク色のキャンディにはピーチ味でもストロベリー味でもなく、初恋の味と書いてあった。


 ……初恋に味ってあるんだろうか。



 ちょうどそこで担任が来たので、キャンディは食べずにポケットに入れて席ついた。






 ***






 私が通う青華学園は、幼稚園から大学までエスカレーター式の超名門私立校だ。必然的に、良家の令息令嬢が多く在籍している。私は高等部を受験した一般枠の学生だ。



 入試をトップの成績で合格すれば学費が全額免除されると中学の時の担任から聞いて、あとはひたすら勉強して見事その枠を勝ち取った。

 もともと勉強は嫌いではなかったし、小学校6年生の時に交通事故で両親を亡くして、叔父の家に厄介になっている身だったので、勉強のモチベーションが下がることはなかった。




 望んで入学したはいいものの、少し後悔している。4月はカルチャーショックの連続だった。2ヶ月たった今はもう慣れてきたが、やっぱりこの学園は庶民の自分には向いていないと思う。




 それに、なんかヤバそうな人達に目をつけられてしまったし。




 私は心の中で何回目になるかわからないため息をついた。




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