有給の天使(堕) 番外編
番外編でございます。ごゆるりとお楽しみください
私は、他の天使と比べると、少しどころか百八十度真逆だった。
他の天使よりよく働き、他の天使より見境がなく、他の天使より薄情だと言われた。
そんな日々に慣れ始めた頃、私は大天使長室へ呼び出しをもらった。
正直なところ、私はそこにいる大天使様が大嫌いで仕方がなかった。
他の天使より異質な私を蔑んだ目で視界に映し、嘲りを口元に讃え、嫌悪の意を声音に表す。そんな天使だ。
無駄に大きな木製の扉の前で、一応ながらも声をかけ、重たいそれを押し開けた。
「あぁ、来たのか」
「お待たせしました」
「えーっと、それじゃあ……名前なんだったかな?」
「モブAで結構です」
「じゃあモブA。君を今日限りでクビにする」
「クビですか」
「あぁそうだ。まさか、意味がわからないわけではないよな?」
「いいえ」
「ならよかった。もうその顔を見たくないのでな、さっさと出て行ってくれ」
「………失礼しました」
クビになってしまった。と言うことは、この退屈で居場所の無い天界にいる義務はなくなったのだ。
「自由…」
そう。私は自由になった。これからは、誰の目も気にせず好きにできる。
それならと、前々から行ってみたかった下界に降りてみよう。
思い立ったが吉日とはよく言ったものだ。私はその日のうちに、天界の戸籍破棄の手続きを行い、私という天使はこの時点で自分自身の手で葬った。
その後は、下界に降りる魂の群れに紛れて地上に私の足先をつけた。
羽は、戸籍とともに消された。
しかし下界に降りたはいいが、何をすればいいのか、いまいち何も考えていなかった。そのうち、ふらふら歩くのも疲れ、少し開けた砂地のところに入り、棒から金属の鎖で吊るされて揺れている椅子のようなものに腰を落ち着けた。
「そこでなにしてんの?」
「休憩です」
「あっそ」
悪魔の男が声をかけてきた。文字通りの悪魔族の男だ。
私は、男と話した。たくさん。長いこと話した。不思議と、話している間は心がずっと楽になっていた。
数日経ったのちに私の元へ一通の封筒が届いた。中には、薄い紙が一枚入っていて、至急天界に戻るようにとのことだった。羽も戸籍も戻る。地位も、前よりも高位のものになる。さらには天界にいなかった期間は有給扱いにするということらしい。
私は、この話が悔しくて仕方なかった。
「なんか、今日はモヤモヤした顔してんのな」
「暇です」
「おぉ、そうか」
私は嘘をついた。この悪魔といて退屈したり暇になったりすることは殆どなかった。
私はついぞ彼に、仕事をクビになったことも、そこへ戻れと言われたことも、あそこに居場所がないことも、一切話さなかった。
そして、私は彼に嘘をついたまま…
いや、天使ということだけを教えて天界に戻った。ある計画を遂行するために。
天界に着いて早々、私は大天使長室へ再び誘われた。
「よく帰ってきた。まさかクビになって早々戸籍を消して下界に降りていたとはな」
「…………」
「まぁいい。早速仕事をしてもらう」
大天使長の一言で部屋の戸が開き、書類とペンが渡された。
「それに名前を書けば戸籍と羽が戻る」
「そうですか」
私は皮肉な事に、この紙の意味を知っていた。
「何をしている。早く書け」
「大天使長…様。ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「あ?なんだ。言ってみろ」
「私に与えられる仕事とはどのようなものなのでしょうか?」
「………今までお前がやっていた仕事だ」
「そうですか」
なるほど。確かに、この紙に名前を書けば羽と戸籍が戻る。それと同時に私は天使へと戻る。そしてーーー断罪される。
通常、天使を天界で裁く場合、それが天使でなければ裁けない。
そして、羽を失った天使は人間とさして変わらない存在になる。
だから、羽を戻すということは、事実上の死刑宣告と同じことなのだ。
「書けました」
その一言とともに、私の背は熱を帯び光の粒子が集結して羽を形取った。
これでいい。
「そして、さようなら」
どうせ裁かれるのなら、何をしたって同じだ。私は、再び下界に降りる。
その場をかけ出したのと、部屋に潜んでいた衛兵がその場に飛び込んできたのはほぼ同時だった。
後ろでガチャガチャと鎧のぶつかる音が聞こえるのも気にせず、颯爽と駆け出した。
しかし、私の見通しは多少甘かったようだ。私のような者の行動パターンはどれも決まっているらしく、下界に降りるゲートは封鎖されていた。
ゲートには通れないように空間が歪められ、その前には掻き集められるだけ掻き集めた武装した衛兵が立ちはだかっていた。
この時点で大方の天使は諦める。ゲートの空間が歪められては、もうどこにも行けず、ここに戻るかあるいは空間に取り残されるのが常だ。
しかし、それは全て無計画に外に出ようとした者の末路だ。
「私は、帰る…」
私の居場所にーーー
強行突破で歪んだ空間に飛び込んだ。
音は…ない。光も無い。感覚も鈍い。
けど、私には見える。光の糸。私の帰りを待っている悪魔の糸。
その糸を離してしまわないように、手にしっかりと巻きつけ、握りしめた。
外が眩しかった。
あれから、私の時間で一週間ほど彷徨い続け、あの公園に出た。
「あれから、そろそろ一年になるのか…」
「一週間ですよ」
そう言って私はブランコに揺られていた彼を後ろから抱きしめた。羽が黒く染まっていくが、今の私には関係ない。
「あなたにこんなに触れていたので、私は堕天してしまいました(棒)」
「はぁ?」
彼の困り顔、初めて見れました。
「ちゃんと、責任とって下さい」
責任とって、私と添い遂げて下さい。
「責任、とってくれますよね?」
いやとは言わせないですよ。
私は、あなたが大好きです。
私に居場所を与えてくれたあなたが大好きです。私に楽しさを教えてくれたあなたが大好きです。
私はあなたと共に居ます。
fin
番外編終了でございます。




