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野の仏  作者: 矢積 公樹
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第2話

 汗入村に着いたのは陽が沈む寸前であった。権治の家は村でも五指に入るであろう大きなものだったが、住んでいるのは権治とその妻のおたね、儀助の三人だという。権治はもともとしがない小作人だったところを、村一番の富豪だった儀助の父が気に入って雇い、以来二十年近く儀助の家に奉公しているという。

 「いやぁ、まさか光徳尼さまの身にそのような厄介が降りかかるたぁ、こりゃ、どうお詫びしたものやら…」と小さくなる権治だが、シンザの姿を見ると少し怪訝そうな顔を見せた。だが、光徳尼の危機を救ったとなればおろそかにするわけにもいかず、渋々ながら逗留を認めることとなった。詳しい話は翌日に聞くことにし、その晩はみなすぐに休んだ。

 翌朝、日のまだ昇りきらない頃なのに庭から人の気配がした。光徳尼はそれに気付くと、小太刀を手に静かに雨戸に近寄り、外を見やった。だがそこには全身から水を滴らせたシンザが、昨日まで着ていた旅装束を絞っては庭の木に掛けて干していたのである。

 「目が覚めましたか。洗濯ついでに近くの川で身を清めておりましたわい。…それに、あの格好もここでは目立ちますのでな。」

 シンザは軽く口元を緩め、体を拭きながら何事も無いように言い放った。彼が手にした着替えは、この家に仕舞われていたという儀助の着物だった。


 朝餉の後で光徳尼とシンザは儀助の臥せっている部屋に通された。儀助は熱にうかされ、溺れ死にする寸前のごとき喘ぎ声を上げていた。手や足は枯れ枝のように細り、落ちくぼんだ眼は光なく濁っていた。どうやら頭もひどく痛むらしく、軽い咳をひとつしただけで眉を寄せ、額に弱弱しく手を当てるのであった。

 別の部屋に移っても悲痛な顔のままの権治に光徳尼が声をかけそびれていると、シンザがいつものもそもそした声で突然、「熱が先か頭痛が先か」ときいたのでこれには両人とも驚いてしまった。

 「三月ほど前に、まず腹痛はらいたです。すぐに止んだと思ったら咳が出だして、熱も上がって…」

 またも沈黙が戻ってきた。すると権治が少し声を潜めて、

 「儀助坊ちゃんのこの病は、実は憑き物のせいだというものがこのあたりで多くおりましてな…」

と、思いつめたような声で話し始めたのである。


…坊ちゃんは幼いころから利発でしたが、なぜか雨や大風が来たり、嵐で船が沈んだりするのを当ててしまうことがありました。そのおかげで救われた者が多くおりますので、みなは神童と呼んで大切にしてまいりました。旦那様が南蛮渡来の医術の本や、大坂の問屋でしか手に入らない草紙をお買い与えになる度に二日もかからず読み終わってしまわれて、そのうちあちこちのお社や寺に出向いては文書を手当たり次第読んでは、ものによっては買い取って手元に置くようになりました。

 五年前だったか、しばらく神戸のほうに行かれて、その時にどこかのお社で由緒あるお札ですか、私にはわからんのですが、奉書のようなものを持って帰られて、しばらく神棚に上げておられたのを見かけたのは覚えておりますが、その後しばらくしたらそのお札はなくなっておりました。戻られてから半月してからでしょうか、坊ちゃんが「鍛冶屋の源一のところへ行ってくる」といって家を出ていかれ、一刻ほどしたら今度は源一が坊ちゃんといっしょに息せき切ってうちに来たんです。どうした、何だそんなにあわてて、ってきくと、源一がいきなり「儀助坊ちゃんのおかげで肩が、肩の痛てぇのが治った」っていうんです。あいつはその十日ほど前に山で足を滑らして肩を打ってね、これじゃ仕事になんねぇってぼやいていたんですが、坊ちゃんが痛い肩に手を当てて念仏かなんか唱えたら、もう嘘みたいにすうっと治ったって…私も信じられなかったんですがね、それからあちこちの家に呼ばれて、そりゃもう、ありとあらゆる病を治しちまったんですよ。婆さんの膝が痛いのから、ちっこい子の夜泣きから、旅のお方の腹痛から、隣村の、坊ちゃんと同い年ぐらいの娘の老咳ろうがいまで、手をかざして何やら念じるだけでたちどころに治る、ってんですいぶんと評判になりましたよ。中山の村でも噂になってなかったですか。

 坊ちゃんは旦那様の教えどおり、見返りは一切受け取られませんでした。徳行に見返りは求めてはならんと、それだけは甘い顔をされない方でしたから。

ところが半年前に旦那様がお亡くなりになり、儀助ぼっちゃんがあとをとることになってしばらくしてからこの病です。はじめは腹が痛いとしばらく寝込んで、治って何日かしたら膝が痛む、次は肩と。どうも気味が悪いんですよ、今まで他の人の悪いところを治してきた坊ちゃんが今度は立て続けにこの病…


 「それで、私もなんとなくですが、こりゃなんか悪いもんが憑いてしまってるんじゃないかと思ってしまうんです。」

 ふうっ、と大きく息を吐いてから権治は沈痛に黙り込んだ。

しばらくの静寂ののち、光徳尼がおずおずと

 「それで、あの、昨日のあの方々について何か心当たりはおありですか」

と権治にきくと、彼の顔が途端に厳しくなった。

「ああ、あれはもう少し先の、氏野うじのの村の源左衛門がかんでるんでしょう。あのごうつくばりめ、五月前に坊ちゃんが売り渡した南蛮渡りの大皿があるんですがね、それに傷が入っていた、その分の値を返せって言ってやがるんですよ。もとは旦那様が道楽で買われたもので、坊ちゃんは、これは手に余るものだから値が付きさえすれば売りに出そう、って決めてらしたんです。たまたまそれを聞きつけたあいつが泣きつかんばかりに欲しがるから売ってやったんですよ。渡すときにもあいつがちゃんとこっちまで来て、ものをみて確かめてから売ったというのに、まったく、どういう了見なのやら。」

 権治の眼は侮蔑と怒りで鈍い光を帯びていた。

「中山の庄屋の惣助そうすけ様に仲裁をお願いしているところでして、ものが南蛮渡りなもんでお役人の眼には付かないように気を付けてるんですがね、さすがに中山の村の中では手を出すわけにはいかんかったのでしょうが、街道でまちぶせるたぁ、ほんと、くちいぬみてえな奴です。」


 その日から、光徳尼の苦闘が始まった。

 権治には儀助が集めていた草紙を見つかり次第持ってこさせ、片っ端から目をとおした。儀助の具合が少しでも軽くなるような薬を処方する一方で、近隣の村に出向いては似たような病に侵されているものがいないかきいて回り、いるときけば訪ねて具合を見るとともに効き目のありそうな療法を探る…真子の読み書きをみてやるひまもとれない日も少なくなかった。

 シンザといえば、彼女の多忙ぶりを横目で見こそすれ、助力を申し出るようなことはほとんどなく、それどころか朝餉と夕餉の席にだけ姿を見せると、あとはふいと居なくなるのだった。ある時は山へキノコを採りに行った村人についていってアケビを持って帰り、ある時は堤の底をさらえる作業を手伝ったといって、全身泥まみれになりながら大人の男の腕ほどもある鯉を小脇に抱えて帰ってきた。仏徒ゆえに殺生や肉食を慎まねばならない光徳尼は思わぬ獲物にも喜ぶわけにいかず、むしろ持て余すほどの巨大な鯉に呆れかえったが、シンザは、病人には精がついて良かろう、と、ケロリとした顔で言うのだった。

しかも汗入の村に入ってしばらくして知ったのだが、シンザは仏門の徒ではなく、どうやら読み書きが出来るという程度の手習いしか受けてこなかったそうで、それもあってか経文や草紙の類には全く見向きもしなかった。僧形そうぎょうに見えた頭は単に「しらみにたかられないように」刈り上げているだけというし、笠も手甲も道中でひと様からもらったという。なにが目的で旅に出ているのかたずねても、なんでしたかなぁ、諸国を見て回るだけでいいのですが、などと要領の得ない答が返ってきた。朝餉と夕餉はお種が主に作り、必要に応じて光徳尼もくりやに立つのだが、シンザはそんなこともお構いなしで魚だの瓜だの里芋だのを持って帰っては、体に良いのだから、と言っては皆に調理させ、儀助に食べさせては満足した笑みを浮かべた。もちろん当人もえびす顔でうまそうに平らげ、少しでも余りが出ると、横で目を丸くしている真子にも振る舞ってやるのであった。

 あまりにもこのような食材の調達が続くので、さすがに光徳尼も不安になりそれとなく村人たちに訪ねてみたことがあるが、彼らの話ではシンザはふいと現れては、何か手伝おうか、と言ってくるという。特に助力が必要でないときは断ればそのまま何もなかったようにヒョイと去っていくが、困っているときは何も言わずそばに来ると、皆が驚くような腕力で重い石を持ち上げてどかしたり、かと思えば牛のごとき粘りで畑の畦を一日で仕上げて見せたりするのだという。お礼に野菜や魚を渡すときも「儀助と、あの家で世話になっている者の分だけでけっこう」といってそれ以上は受け取ろうとせず、なにより自分から欲することは一切ないというのである。村人が育てているものには葉っぱ一枚だろうが決して手を出そうとせず、それどころかある時などは近くの村から瓜を盗みに来た小童こわっぱを三人見つけ、まる一日追い回して全員を捕まえ、さんざんに懲らしめてやったというのだ。その日は珍しく手ぶらで、しかも汗まみれで帰ってきたので光徳尼も不思議に思ったのだが、本人はそれをひとことも話すこともなく、何事もなかったように夕餉の後すぐに寝てしまったのである。

 ある秋晴れの日、鍛冶屋の源一が権治へ相談があるといって来たことがあるが、源一は光徳尼に向かって、

「シンザさんが今朝、うちに寄って山刀を借りていきましたよ」。

 と言った。行き先を告げたか、との問いに源一は首を横にふっていたが、「あの人は物を大切にするって、みんな言ってますよ。」と笑っていた。その日の夜、戻ってきたシンザの手には自らの背丈と同じぐらいの長さの自然薯じねんじょがあった。きけば、数里先の谷に分け入って探してきたのだという。その谷には蟒蛇うわばみが出るといって村人が近づかなくなっていたそうだが、源一から借りた山刀で草を薙ぎ払い、道を造っておいたのでこれからはみんな気軽に行ける、今日は自然薯だが春には筍が、もうしばらく待てば松茸だって見つかるかもしれん、と淡々と語るのであった。

 「真子はこの芋を食ったことはあるか。そうか、無いか。すりおろして飯にかけるとうまいぞ。しばし待てよ。」

 それから光徳尼に向かってこう笑ったのである。

 「自然薯じゃ、仏門の方でも口に出来るはずですな。」

(つづく)

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