最弱の二人
この世界での頂点に立つ世界ランク1位の防衛戦ということで会場は満員。円を描くように壁が囲う中心を360度何処からでも見えるように、安全な壁の上の方から見下ろす円形になっている。
そんな会場の中心を囲う壁に2つだけ、向かい合うように設置された大きな頑丈な灰色の石で出来た扉が存在する。
そこの片方の扉の前に俺は今呼吸を整え、扉が開くのを待つために立っている。
「さあ、今日来れた観客は幸運だ!何せ世界ランク1位と2位の頂上決戦なのだから!待ちきれないだろう!?この聖地クドラフで行われる、頂上決戦の戦士達の入場だ!」
そんなアナウンスと観客からの歓声が爆発を起こし空気を揺らす。
「まずはこの世界の頂点に立つ世界ランク1位のハルノドとその契約精霊ジューガの入場だ!」
そんな紹介とともに、さらに空気を揺さぶる歓声が巻き起こる。そんな中で歓声に負けないほど大きなアナウンスが流れる。
「3度の防衛戦を行い防衛中の彼ら!契約者は強き種族の筆頭である魔法では右に出る者が居ないとされるエルフ!中でも彼は特に素晴らしい才を幼少期より持っていたとか。
そんな彼の契約精霊はこれまた強き種族の筆頭であるドラゴン!普通のドラゴンよりも1.5倍近く大きい。まさに世界の頂点に立つべく出会った2人と言っても過言ではない!」
そこでアナウンスが一度途切れ、俺の目の前の扉がゆっくりと開き出す。
「行こう、俺達の夢の舞台へ」
横に居る自分のパートナーへとそう声をかけ頷く彼を見ながら大きく力強く一歩を踏み出す。
「それに対して誰がここまで彼らが這い上がってくると予想した? きっと誰も予想などしていないだろう。別名『最弱の二人』!最弱の種族である人間、それも攻撃魔法が使えないときた!契約精霊もどこにでもいる悪戯の精霊!彼もまた同じ悪戯の精霊の中では落ちこぼれ!何せできることはたった一つ!糸を張ることだけ!まるで対戦相手と真逆の存在の登場だ!」
ここまで来るのに、俺達はどれだけ血を吐く思いをしてきただろうか?どれだけ悔しい思いをしてきただろうか?ただでさえも、弱い種族といわれ、その中でもお互いに欠点を持ち、嘲笑われた。でも、だからこそ、俺達はここにいる。そう、この夢の舞台に。
周りの俺達に向けられた歓声が、地を揺らし俺らの背中をビリビリの震わせる。隣にいるパートナーに目を向ければ彼は、真っ直ぐと対戦相手のことを見据えていた。特に赤い巨体をその場で見せつけるようにいるドラゴンに対して。彼のその瞳に浮かぶのは羨望、憧れ。そう、持って生まれた数々の物に対してだろう。
「彼らに比べたら、圧倒的に才能が足りない。でも、どんなに泥だらけになろうと、最後に立っているのは俺達だ。そうだろう?」
俺の半分しかない背丈のパートナーは力強く頷いて返す。普通悪戯の精霊ならば、ぽっちゃりとした子供の姿をしているのに対して、彼の姿はかなり絞られた戦士の体つきである。6個に割れた腹筋にうっすらと衝撃を吸収するためだけにあるだろう脂肪、その他の部分には贅肉が一切ない身体。ここまで悪戯の精霊が、いや人型の精霊が筋肉を鍛えた例はない。そう、彼だけの個性なのだ。そして何より、俺のパートナーは精霊としては非常識なことに力を注いだ。人間が考えた武術を使うということだ。弱い種族が強い種族と戦うために作り上げた武術を彼は、本当に血を吐きながらも習得したのだ。
ここまでいえばきっと、分かるだろう。俺達の戦い方。魔法が主体となっている現代において、俺達は自分の肉体に頼った近接勝負をかけるのだ、近づくまでのダメージを覚悟で。この戦術は未だに、お偉い人たちは口をそろえて言う。
『現代では、気が狂ったとしか考えられない戦い方だ』と。
なんといわれようと構わない。いや、むしろ俺達にはこの戦い方がぴったりだ。防御魔法しか使えない俺と糸しか作れないパートナーなのだから。そしてなにより、最後の最後に必要となるのは才能ではなく、気合、根性、意志なのだから。
「『最弱の二人』、種族人間のガードと悪戯精霊のユルードは今回もボロボロになりながらも勝利を収めるのか、それとも真逆の位置に居る『最強の二人』がその座を守りきるのか!試合開始まで後20秒!」
そんな実況アナウンスが俺達二人の耳に届く。エルフとドラゴンに立ち向かう。怖くないと言えば嘘になる。だけれども―――
「5秒前!4!3!2!1!――」
「行くぞ!俺達の夢は目の前だ!」
「ファイト!!」
俺の言葉にユルードと2人で最強の二人に対して突撃を開始する。一歩、一歩地面を蹴り上げながら思う。どんなに泥臭いと言われてもいい、俺達は夢を掴むんだ。そう世界中から無理だといわれたこの夢を――
のちに『最弱の二人』と呼ばれたペアは、7度という最多防衛に成功し、自ら世界1位という席から降りた。ボロボロになる前提の戦い方。それがどうやらついに限界を迎えたとのことだ。その後彼らは、表舞台に出てくることはなかった。だが、多くの人は口を揃えていう。『最弱の二人』こそ『最強だった』と。あれほど、心を震わせ熱くする試合をする二人は今後現れないだろうと。
しかし――
「行こう、俺達の夢の舞台を目指して」
少年は隣にいる背丈の半分ほどしかない悪戯の精霊にそう語りかける。その言葉に強く頷く彼らは、どこか30年前の『最弱の二人』の面影を残していた。再び、観客の心を震わせ熱くする存在がすぐそこまで迫っていた。
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