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第二話「仲間」

外に出ると、夏のジリジリとした日射しが照りつける空を見上げる。


どこまでも青い空、白い雲、子供の笑い声、喧騒…その中で容赦なく照りつける太陽が俺はここにいては行けないと言われているようで…帰りの道を急いだ。


早足で帰っている最中にふと先の見透かすような沙那の瞳を思い出す。

いや、普段は住み込みで仲間とバーで働いているのは事実だ。


だが、そんなものは表面上だ。

本職は依頼されれば何でもこなす『何でも屋』だ。


何でも屋…自分の手を染め、危険な事に足を踏み入れる仕事だ。勿論それに比例する金は貰っているが…。


こんな危ない仕事で沙那の手術費用を稼いでいるとは言えず、表面上の仕事…バーテンダーとして働いていると言っているが、勘のいい沙那の事だ…薄々勘づいているだろう。


ああして時々仕事の話をしてくる。


その度に何とか誤魔化してるんだが…。


そう所詮俺はこんなまともな街に住んで働けやしないんだ。


俺と仲間が住む"くそったれた街"は普通に恵まれた暮らしをしている輩には知る由もない…まるで地獄に通じるような暗い路地裏の奥の奥にある。


落ちぶれた者が暮らす集落だ。


いつの時代に誰が作ったのかは知らないが、その有り様は度々『地獄』や『奈落の底』や『スラム街』と例えられる。


ようやく表の人間が住む普通の街から暗い路地裏を抜け"くそったれた街"に戻ると腐臭が鼻をつき、砂埃に包まれ目の前が霞む。


この臭いや色のない空に落ち着いてしまうのは俺がもう普通の生活を出来ない証拠だろう。


歩く度に金や食料に飢えた輩や浮浪者が手を伸ばし助けを求めてくるが、全く目もくれずに歩いていく。


真っ直ぐに前を向いて歩いているだけなのに憂さ晴らしのため他人を殴り蹴り、それを見てにやりといやらしい笑みを浮かべる奴、人の多い道端にも関わらず男を誘い、その場で行為を始める娼婦が視界に映り込む。


下品な娼婦につい憎い母親の面影を重ねてしまい、俺はさらに帰る足を急いだ。



俺が仲間と住み込みで働くバーは人気が少ない外れにある。

カタギの仕事をしようとした兄貴が、誰も使っていない一軒家を改造したものだ。


外観は少し古臭く、歩くと床がギシギシ軋むが住み心地は悪くない。


バーの前に辿り着くと、少し乱暴にドアを開ける。

カラカランという来客を知らせるベルが鳴る音と同時に、カウンターで掃き掃除をしていたらしい兄貴が振り返った。


「おう、直哉、ご苦労さん。沙那は元気そうだったか?」


「ああ、今日は顔色もよくて調子もいいみたいだった」


「そうか、それなら明日皆で見舞いに行ってやれるな!」


まるで自分の事のようにニカッと見せて笑う男は俺達が『兄貴』と呼んで慕う浮田五郎。


まだガキの頃、行く宛のない俺達を拾ってくれたのが、この兄貴だ。だから俺達にとっては命の恩人で…兄貴には感謝している。


それに兄貴も元『何でも屋』だ。デカイ図体に頬の傷にオールバックという、いかにもな風貌で、この街の住人からは恐れられていたが数年前に年だからという理由で引退してからはバーを経営している。


俺は開店前のまだ薄暗いカウンターに腰を下ろす。するとカウンターの奥にある事務室から低い男の声が聞こえた。


「おぉ、何だ直哉、帰ってたのかよ。帰ってきてんなら言えよなァ!」


「え、アンちゃん、帰ってきてるの!?」


その事務室から背が高い赤髪を立たせた男と、身長も体格もその男の半分くらいしかない女が姿を現した。


「今帰ってきたんだ。で、沙那の体調は良好だ。お前らに会いたがってたぞ」


「ほんと!?ボクも早く沙那っちに会いたかったんだー!明日が楽しみだよー、ね、にいちゃん?」


フリルの多いウエイトレス姿の翼は小さくまとめたおさげ髪を揺らし、隣にいる赤髪の長身の男…夏騎に同意を求めた。


「そうだな、沙那も退屈してるだろうし、明日は早く行ってやらねぇとなァ」


「ぷぷぷー、そんな事言ってー、ホントはにいちゃんが沙那っちに会いたいんでしょお?ボクにはお見通しだよーん」


「なっ、ば、てめ!うっせ!」


「照れてる照れてるー」


二人でじゃれあう、こいつら二人も兄妹で、ガキの頃にこの街に捨てられた身だ。俺達兄妹と年が近く、境遇も似てる事から割とすぐに打ち解けた。

まぁ俺にとって夏騎は悪友みたいなもんだが、翼と沙那は仲がいい。


翼は実の兄の夏騎がいるのに俺の事も『アンちゃん』と呼んで慕ってくる。俺にとっても翼はもう一人の妹みたいな存在だ。


顔を真っ赤にして追い掛けてくる夏騎から逃れるため、俺の後ろに隠れる。


「ひゃー、にいちゃんが怖いよー。アンちゃん助けてぇー」


「オメェがからかうからだろうがよォ!」


こいつらのやり取りはいつもの事だ。俺にとってこのじゃれあいはもはや空気のようなものだ。

俺の後ろに隠れる翼を無視して、煙草に火を点けた。


だが、そのやり取りをそれまで呆れた表情で黙って見ていた兄貴が、盛大に溜め息を着いた。


「お前らはいくつだよ…。それより皆に聞いて貰いたい話があるんだ」


「ん?ゴロちゃん、話って何?」


「んだァ?兄貴にしては珍しく改まってよ」


兄貴の真面目な表情にそれまでじゃれあっていた二人は大人しく近くにあった真っ赤なソファに座った。


そして兄貴はこほんと咳払いをひとつすると、カウンターの横にある古ぼけたピアノ優しく撫でた。


「実は明日から新しいバイトを雇う事になった。その人にはこのピアノを弾いてもらう」


「わぁー、ピアノ弾きさんなんて、かっこいいね!しかも新しい仲間が増えるなんて嬉しいよ!」


兄貴の話を聞いた翼は嬉しさのあまり興奮気味にまくし立て、目を輝かせる。…ほんとにこいつは犬みたいな奴だな。


が、目を輝かせていたのは翼だけでなく、隣に座っている夏騎もだった。


「ピアノ弾きっつーこたぁ、女か!?」


その夏騎の質問に兄貴はウインクをして答えた。


「ああ、女だ。しかもかなりの美人だぞ」


「っしゃー!ようやくここにも女がくるのかァ」


「って、にいちゃんヒドー!ボクだって女の子じゃないかー」


「え、お前って女だったのか?」


「ボクは女の子だよぉー!」


ようやく大人しくなったと思ったら、これだ…。だが、このやり取りが空気と化している俺にとっては気にするだけ無駄だ。


この二人の事は放っておいて俺は兄貴に投げ掛ける。


「しかし何で今頃ピアノ弾きなんて雇うんだ。そのピアノ、もう捨ててくれていいんだぜ」


カウンターの横に置かれているピアノは俺が昔、仕事の報酬として貰った物だ。その依頼者は金が払えず、代わりにこのピアノを報酬とした。


だが、誰もピアノは弾けないし、ずっと放置したままだった。


「いや、お前がせっかく貰った物だ。捨てられる訳ないじゃないか。それにここはジュークボックスもないだろ?だから前からピアノを弾いてくれる人を探してたんだよ。そしたらたまたま探し屋のおやっさんがピアノを弾ける美人を見つけてくれたってわけよ。ま、明日を楽しみにしとけ」


兄貴はニカッと歯を見せて笑うと、未だ後ろでじゃれあっている夏騎と翼に掃除用具を渡し、夏騎の耳を引っ張って奥の事務室に無理矢理連れて行った。


俺もそろそろ掃除をするか…。

そう思って煙草を灰皿に押し付けると、翼がひょっこりと顔を出して俺の顔を覗き込む。


笑顔を浮かべてはいるが、その瞳は微かに不安気に揺れている。


「アンちゃん、ピアノ弾きの美人さんが、どんな人か気になる?」


「?いや、別に。あいつらだけだろ、美人だって喜んでるのは」


「そ、そうだよねー!ホントゴロちゃんや、にいちゃんは困るよねー」


俺の答えに安堵の表情を浮かべた翼は「ボクは玄関を掃除してくるね」と言って嬉しそうに飛び跳ねるように走って行った。


何だ変な奴だな。取り敢えず明日来るピアノ弾きのために埃を被ったピアノを掃除しておいてやるか ー。


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