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油断すれば転げ落ちそうな階段を、原田は両手で手すりを掴んで一歩ずつ足を下す。
健介がシャツの裾を握っているが、原田が転げ落ちた場合何の手助けにもならないだろう。
朱鷺も一応原田の背後を少し離れて階段を降りているが、腕力のない優男なので健介同様手助けにはならない予定。
ただ原田もこの状況に慣れてはいないものの初めてではないので驚くこともなく対処ができる。
やっと洗面所に入り、鏡を見て原田は愕然とする。
ぼさぼさの頭と無精ひげに覆われた野獣のような己の顔。
まぁ、発作後はいつもこうなのだが。
風呂で生まれ変わらなければならない。
ため息をついてバスルームの引き戸を開けた。
そして健介は朱鷺とダイニングのテーブルについて、朱鷺が持ってきた三段のお重を広げている。
「すごいねー!すごいねー!イクラとか入ってるよ!カニが三種類入ってるよ!」
『うん。北海御膳だからね』
『北海?北海道?』
『そうだね』
『ジャガイモ食べていい?』
『どうぞ』
キャー!美味しいー!と泣いてから、健介は料理に一つずつ箸をつけた。
健介が一通りの料理を味わった頃にダイニングのドアが開いて、頭をタオルで拭きながら再生原田が現れた。
そのすっきりした様を見て、健介と朱鷺が吹き出した。
「なんで笑うんだ」
「……だって、さっきまでひどかったから」
「まぁなぁ……」
原田も苦笑した。
直後、健介が、えぇえええ~……と口の中に何か入れたまま唸った。
「何だ?」
「……このご飯、甘い」
「ん?赤飯だな」
「なんか、甘い。砂糖が入ってる」
顔を顰める健介に、原田が応えた。
「小豆じゃなくて甘納豆が入ってるんだろ。それ、北海道の赤飯じゃないか?」
「ん。北海御膳なんだって」
「うん。向こうの赤飯は甘いんだ」
「なんで?」
「知らない。寒いからかな」
「そうなの?」
「さぁ?」
そう言って原田は笑い、呟いた。
「懐かしいな。俺のソウルフードだ」
「……ソウルフードって何?」
その健介の問いに、聞かれていると思わなかったので原田は少し驚いてから応えた。
「……お前の、ヤクルトみたいなもの」
「ヤクルト?毎日飲む物?」
「ちょっと違うな」
「何?」
「朱鷺に訊け」
『朱鷺ちゃん、ソウルフードって何?』
『アメリカの食べ物』
『ハンバーガーとか?』
『そんな感じ』
「……」
多分嘘だなぁと健介は首を傾げた。
後で秋ちゃんにも訊こう。
と、健介は君島を思い出して、君島が今いないことを思い出した。
「そうだ!秋ちゃんがいないんだよ!あのね、さっきまでね、外にいっぱい、……あれ?!いなかったね?!今外に誰もいなかったね?!」
健介がいまさら外に報道クルーが一人もいなかったことに気付いた。
「あれ?朝はいっぱいいたんだよ!いつからいないんだろう?朱鷺ちゃん来た時には外にいた?」
健介が慌てて朱鷺に手話を交えて訊く。
朱鷺は、少し驚いた顔で答えた。
『知らないの?朝のここからの生中継の後にテレビ局に苦情が殺到して警察が動員されて追い払われたんだよ』
「えぇえええええええ~~~っ?!!!」
『僕も見てたけど、ひどかったよね。健介の泣き顔を延々と映して、その後は秋ちゃんを追い回して』
『秋ちゃんは?!秋ちゃんどうなったの?!』
『うん、まぁ、あっという間にカメラを撒いた。さすがの脚力だった』
「父さん!」
手話で会話しているため無視されている原田は、二人に目も向けずにお茶を飲んでいる。
その原田に再度健介が勢い込んで叫んだ。
「父さん!あのね!外に警察が来たんだって!」
そして相変わらず健介は意味不明だ。
「あのね!すごいいっぱいカメラとかいて、僕たち全然出られなくて、そしたら今朝そこまでカメラが入って来て秋ちゃんが出て行ったの!」
原田は顔を顰めて頬杖をついて健介を眺めた。
その顔を見て朱鷺が笑い、首を傾げてから横の扉を指差した。
『リビングでテレビを見よう』
「そっか!」
と健介が飛び出した。




