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ARROGANT  作者: co
翌木曜日
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 そんな古いハードロックを聴いているうちに、野獣の声を子守唄に、健介は寝てしまった。


 悪い夢は見なかったが、しかしまた悪夢のようなサミー・ヘイガーの恐怖のシャウトに飛び起きた。



 またボリュームがマックスになっている。


 心臓が止まりそうな程驚いて飛び起きた健介が見たのは、



 ボリュームマックスの古いデッキのスピーカーに肘をついて、耳を傾けている朱鷺。



 その姿にも健介はまた驚いたが、とりあえず耳が壊れそうなのでソファから立ち上がってデッキのボリュームを絞った。

 それから朱鷺に何かを訊こうと思ったが、まず何を訊いたらいいのかわからなくて困っているうちに、朱鷺が言った。


『今一だね。ヴァン・ヘイレン。全然響かない。曲はいいの?』


 またしても、小学生には答えられない質問。


『古いせいかな?ベースが軽いよね?』



 朱鷺は耳が聞こえないので、身体に響く打音や低いベースのリズムを音楽として認識している。だからジャンルを問わず、重いベースを好んでいる。


 しかしそんなことは健介は知らないし、特に今は関係ない。



『なんで、なんで朱鷺ちゃん、ここにいるの?!』

 と、やっと健介が質問した。

『ん。秋ちゃんに頼まれて』

『え?』

『メールもらってね。路上で待ち合わせして家の鍵もらった。ヤクルト買ってきたよ』

 朱鷺がそう言って笑って立ち上がったので、健介もその後をついて階下に降りた。


 ダイニングテーブルの上には、お節料理のような三段のお重とペットボトルが6本入った袋。と、ヤクルト10本。


『うわぁああああー!嬉しいっ!食べる物無くなってたんだよ!秋ちゃんのハワイのチョコしか無くなってたんだよ!』

『メールもらってからお母さんが行きつけの料亭に頼んで誂えてもらった。ランチらしいんだけどね。北海お祝い御膳だって』

『嬉しいぃー!』


 顔を赤くしてヤクルトを抱える健介に、朱鷺が訊いた。



『原田さんは?』



 健介は一気に萎れて、唇を尖らせた。



『……まだ、寝てる』



 そして再び階段を上った。


 原田は再び布団を頭まで被っている。

 健介が布団を掴みながら、朱鷺に訊いた。


『朱鷺ちゃん。アロガンどこにあるか知ってる?』

『アロガン?』

『香水。父さん、部屋の匂いにしてるって、』

『ああ。アロガンね。クローゼットの真ん中の扉の一番上の棚』


 そこまで具体的な返答を期待していなかったので、健介は驚いた。

 そこまで具体的に場所がわかるなら取り出してみたいよね、と健介はその扉を開いた。しかし一番上の棚は見えない。朱鷺が笑って、その棚に手を伸ばす。



 その時、開けっ放しだったドアからマックスが入って来て、にやおんと鳴いた。

 健介が気付いて振り向いたが、朱鷺は聞こえないからそのまま棚の上の箱を引き出す。

 マックスが鳴きながら、原田の寝ているベッドに飛び乗った。

 健介は朱鷺が引き出した小さな箱を見て、それに黒い箱が6個みっしり詰まっているので、つい笑った。なんでこんなにあるの?父さん芳香剤にしか使ってないのに。

 マックスはまだ鳴きながら原田の被っている布団を前足で揉んでいる。

 健介はその様子を見ながら、黒い箱を一つ取り出す。

 マックスがとうとう、鳴きながら布団の中に入った。

 健介はそれを見て吹き出した。

 朱鷺も気付いて、それを見て笑った。



 直後、原田の大きな手が、布団から出てきた。

 その指の一本に、マックスが噛み付いている。



「……いってぇ……」



 原田の掠れた声が、聞こえた。



 健介が、黒い箱を落とした。

 朱鷺も、原田に鷲掴みにされているマックスの頭を凝視している。



「……んだよ、これ……」



 そう言ってからマックスの頭を離し、原田が肘をついて身体を起こした。

 マックスが原田をまっすぐ見上げて、にやおんと鳴いた。



「何?腹減ったのか?」

 にやおん

「んー……」



「……父、さん」

「ん?」

「あの、」






 原田が、起きた。






「あの、あの、喉、乾いた?」

「……ああ、うん」


 健介が部屋を飛び出し階段を駆け下りた。


 猫がまだ鳴いている。


 なんで猫がいるんだ?と原田は顔を顰めて身体を起こし、手の甲で口元に触れて、硬直した。


 ヒゲがバサっと伸びている。一日二日の伸び方じゃない。


 まさか俺……!



 その固まっている原田の肩を、朱鷺がポンと叩いた。

 見上げてもそれを朱鷺と認識できない原田に、朱鷺が眼鏡を渡した。



「朱鷺」

 眼鏡をかけてやっと朱鷺を呼んで、続けて訊いた。



「俺、夢見てたと思うんだけど、夢だよな?」


 朱鷺は、ふと笑って、自分の手の甲の大きな絆創膏を指差した。

 鷹村邸の離れで朱鷺が負った傷。


「夢じゃ、ないのか?」


 愕然と見上げる原田に、朱鷺が頷いた。

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