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弧を描いて飛ぶハンディカメラに、誰もが目を奪われている。
君島はその隙に健介の身体を引っ張りドアを閉めようとしたのだが、健介が慌てて外を指差した。
「秋ちゃん、拓海がいるんだよ。あそこ」
君島がその方向に顔を向けると、たくさんの大人に押し退けられたようでずいぶん庭の後ろの方で拓海が手を振っていた。
「え?なんで?学校は?」
「謝りに来たの」
「謝りに?」
君島が驚いて健介を見下ろす。
「そう。テレビで言ったこと全部嘘だって。おじさんたちにもそう言ってた」
「へー……」
君島はまた手を振っている拓海に目をやる。
勇気が要っただろうに。こんなに大人ばかりの大集団の中に飛び込んで、しかも嘘をついたなんて言葉を口にするなんて。拓海君は嘘をついていないっていうのに。
どんな気持ちで言ったんだろうね。こんなに小さい子供が。ただただ友達のためにね。
「それとね、父さんのことも好きだって」
「なんだそれ」
君島は笑って、拓海に見えるように手を振った。
「拓海君!よく来たね!すごいな!謝ったんだね!男だな!偉いよ!」
突然君島に大声で褒められ、拓海が振っている手を止めて赤面する。
大人たちは全員、期待したような破壊音も立てずに芝生の上に落下したカメラから、拓海に視線を移す。
「来てくれてありがとう!健介は今日も学校休むけど、拓海君は気を付けていっておいで!」
そう言われて、拓海はもう一度赤い顔で笑って手を振って、大声で叫んだ。
「いってきます!」
そう言ってくるりと背を向け、走り出した。
「いってらっしゃい!」
君島もその背中に大声で叫びながら、ドアを閉めようとした。
しかし、そのドアをレポーターらしき男に掴まれた。
「お話、聞かせてもらっても?」
男が下から覗き込むように君島を見上げ、にやりと笑った。
「秋ちゃんさん、あなた、この子のお父さんとどういうご関係ですか?」
健介が君島の背後に逃げた。
うわー。ドアを閉めるタイミングを逃した。失敗した。こいつも蹴り出そうか。それか110番。それか洗いざらい話すか。なーんて。
そんなことを考えながら君島は顔を顰める。
そして。
ふと目を伏せ、長い睫毛を下した。
そしてゆっくりと口だけで微笑む。
それからまたゆっくりと目を開き、目の前の男に上目使いで焦点を合わせた。
たったこれだけの君島のパフォーマンスで、大集団の騒動が瞬時に沈静化した。
君島は自分が美女顔であることを知っていて、自分が艶やかに微笑むと男が静まり返ることも知っている。不本意ながら。
今回もその手段で男を黙らせて、ゆっくりと口を開いた。
「健介のために、取材はこれを最後にしてくれるそうですね。ありがとうございます。みなさんのご協力のおかげで、健介もこれからは今まで通りの静かな生活に戻れます」
そして再び艶やかに微笑み、男が見惚れてドアから手を離した隙に、玄関を閉めた。閉めてすぐに鍵を掛けドアガードを立て、健介を引っ張ってダッシュでリビングに戻り、リモコンを掴んでテレビを消した。
「あ゛あ゛あ゛~~~~~っ!いなくなるわけないよね、あんなんでいなくなるわけがないよ~~~~!も~~~~~~~っ!うんざりだぁ~~~~~っ!」
と、君島がごろごろと床で転がって叫んでいる。
「いなくなるよ!きっといなくなるよ!みんなきっと秋ちゃんのお願い聞いてくれるよ!」
健介は必死に励ますが、君島は転がり続ける。
「甘いよ!大人の汚さはハンパじゃないんだぞ!僕らはこの家から出られずに日干しになるんだよ!」
「ならないよ!雨戸閉めてるからならないよ!太陽入らないよ!」
「そういう意味じゃない!」
君島が立ち上がった。
「僕が、生贄になろう」
「……え?」
「僕、買い出しに行ってくるよ。多分カメラとかついてくるから、ここの人数が減るはずだ」
「え?秋ちゃん、中継されちゃうよ?」
「自転車で、撒く」
「撒く?」
「もー、身体も鈍ってるんだよね。ゲームで指先の運動ばっかりだったしさ。ストレス解消にもなりそうだし」
そう言いながらストレッチする。
「でも、秋ちゃん、」
「何か欲しい物ある?」
「何かって、」
「ああ、ヤクルト欲しい?」
「欲しい」
わかった、と笑いながら君島は階段を駆け上がり自分の部屋に戻った。
……え?秋ちゃん……?
と健介が茫然と座っていると、すぐに君島が階段を駆け下りてきた。
黒のダウンジャケットにブルージーンズ、グレーのニット帽を被って青いリュックを背負って黒い革のグローブを握っている。
「よし。行ってくる」
「秋、ちゃん、」
「じゃあね」
リビングのドアを閉めて、君島があっさりと出て行った。
と思ったら、すぐ戻ってきた。
「健介!来て!」
と玄関で叫んでいる。
何!と駆けていくと、手に何か持っている。
「これ。マックスの皿。実は庭に置いてあった」
「庭?なんで?あれ?だって、」
「うん。実はね、マックスもらわれてないんだ。家出してたんだよ」
「え?」
「脱走していなくなったから浩一が心配して毎日この皿で餌を外に置いてた」
「え?そうなの?え?あれ?」
「うん。ごめん。嘘ついた」
「え?え?なんで?」
「僕がね。どうしても健介をよそに行かせたくなかったから」
「え?」
君島が少し笑った。
「病院で朱鷺ちゃんが言ってたよね?健介を他の誰かに渡すなら僕がもらうって。あれと同じ」
健介は、あの病院での朱鷺のことを思い出して、一瞬で胸が熱くなる。
「僕も健介を誰かに渡したくなかったから嘘ついた」
「僕を……?」
そして君島は笑ったまま伝えた。
「でもね。誰が一番健介のことを考えてるかっていうと、浩一なんだよね」
マックスの皿を健介に渡し、手を払った。
「ごめんね、嘘ついて。おわびにヤクルト買ってくるからね」
そして今度こそ立ち去った。




