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目覚めてベッドを降り、健介は向かいの部屋の父の様子を確認してから、階段を降りようとして窓から外を見て、立ち止まった。
家の前にいる人が、増えているような気がした。
そんな、そんなはず、
健介は少し恐怖を覚えて、振り向いて君島の部屋に走った。
そしてドアをがんがんと叩いたが、この程度で起きるはずはないので勝手に開けて中に入り、ベッドの上で布団を丸めて抱いて寝ている君島の背中を押した。
「秋ちゃん、起きて!外見て!増えてるよ!いなくなるどころか、増えてるんだよ!」
「うー……」
「全然出られないよ!もう食べる物もないのに、出られないよ!」
「……チョコ、あるよ。ハワイの、お土産……」
「チョコじゃなくて!もう!起きてよ!」
「あぅー……」
君島がやっと身体を起こした。
「……増えてる、わけ、ないじゃん。見間違いだよ」
目を擦りながら君島がベッドを降りる。
そして廊下に出て吹き抜けの窓から外を見た。
何度も瞬きをしてじっくり見てから、言った。
「……あー。うーん。減ってないかなー。っていうか……」
君島が頭を掻いた。
健介の言うとおり、人数が若干増えている気がする。
それと、女性スタッフが減っている。
つまり、減った女性スタッフの数以上に男性スタッフが動員されている。
そう気付いて、君島は少し嫌な予感を覚える。
寝起きなのではっきり何かとは思いつかないけれど、よくない展開になっている気がした。
「秋ちゃん、テレビ見てみよう!」
健介が階段を駆け下りた。
階段の下ではマックスが鳴きながら待っているが、健介はまずリビングのテレビを点けてから納戸を開けてマックスにご飯を出した。
その間に君島がリビングに降り、テレビのチャンネルをザッピングする。
もうニュースでは健介の事件はトップではない。どこに変えてもその話題に出会わない。
それなら外の大人数は一体なんなんだ?
訝しんだまま君島はリモコンのボタンを押した。
その途中で、長い金髪の若い男がアップで映った。
なんとなく気になってそのまま見ていると、にやつくその男が少し首を傾げた後に、映像が変わった。
雪の降る夜の高速道。原田が健介を抱えて立っている。
前に見た映像とは解像度が格段に違う。原田がくっきりはっきり映っている。
音も入っている。わずかに、音楽が聴こえている。
この時のラジオ放送を携帯でリアルタイムに聴いていた君島は、流れている曲が何かを知っている。
レディ・ガガだったはず。
多分この衝撃的な事件からギャラリーやリスナーを引き剥がすために、咲良ちゃんが流した。
画面でその曲が流れ始め、
アップになった原田がふと顔を上げ、空を睨んで、口を真一文字に結んだ。
しばらくそのまま微動だにせず、瞬きもしない。
その様子がはっきり映っていた。
強烈に憤った表情だった。
こんな視線を浴びたら焦げそうな程怒りに燃えている。
ここまで原田が怒りの感情を表すことはめったにない。君島でもあまり見たことがない。
しかも疾走感溢れる重いアップビートをバックにこの表情は、少なからず衝撃的だ。
この前に撮られている劇的で感動的なフィナーレとはあまりに対照的な硬質の怒り。
これは、どうしてもその心情を探りたくなるだろう。
そんな映像を、今全国ネットで流されている。
そして画面が変わり、今度は病院の前で健介を抱いている原田がまた鮮明に映されている。
健介を抱き直し、カメラを睨んで、低い声ではっきりと言った。
『触るな』
今度も、不快さを露わにした表情がはっきりと撮られていた。
画面がスタジオのさっきの金髪の男に戻った。男はまだにやけている。その男にキャスターらしい男が質問する声が聞こえた。
『東さんは、この時放送されていたラジオ番組に、電話で出演していたそうですね?』
『そうですね。ちょうどこの男性がパトカーで到着した頃に現地実況してました』
『その時の放送が、こちらです』
男がまたにやりと笑い、そこに籠ったラジオの音声が流れ始めた。
『健介君、助かったよね?誰か教えてくれる?』
『はいはーい!少年やっと止まったよ!今パトカーが路肩爆走中!』
『お父さんね?』
『多分ね』
『もう近くまできてるの?』
『うん。停まった』
『そう?健介君は、』
『……あれ?』
『何?』
『これ、父親?全然似てねー……』
『……え?』
ゴンっと何かが落ちる音がして君島が振り向くと、健介が茫然と立っていた。
「健介」
マックスのフードの入ったケースを床に落として、瞬きもせずに画面を凝視している健介に、再度声を掛けた。
「健介。健介」
やっと君島の声に気付き、やっと君島に視線を移し、健介はやっと息を吐いた。
「秋、ちゃん、僕この声、」
テレビから再度、聞こえた。笑い声が聞こえた。
『ほら。父親じゃねーとか?』
健介がまた、声を失った。
忘れていた。
思い出した。
この声。この言葉。僕はあの時。
「健介」
君島の温かい手が、健介の背中を抱いた。
「秋ちゃん。僕、この声」
息を弾ませる健介を、君島はきつく抱く。
テレビからは依然、非情な声が続いている。
『自分がこう言った後、電話が一方的に切られたんですよ。おかしくないっすか?おかしいなぁって思ってたら、この男、息子助けられてこんな顔してるじゃないっすか。おっかしいなぁと思って車追っかけて病院まで行ったら、またあんな顔して助けてくれた人を怒鳴りつけてるでしょ?なんっか、胡散臭いんですよね』
『あれからまだ親子は姿を見せません。この父親からのコメントが一言もないことも、一般的に考えていかがなものかと思われますね』
そうか。
僕らが籠城しているうちに、風向きが変わったんだ。
失敗したな。マスコミ対策なんて考えたこともないんだ。
でもそれならそれでもう放っておいてくれたらいいのに。
僕らは非常識な家族だってことでみんな引き上げてくれたらいいのに。
健介を抱き締めたまま君島がそんなことを考える。
その耳に、さらに非情な事実が届いた。
『実は、誘拐されたとされるこの少年の、同じ学校のお友達から不可解な証言を得ました!』
そして子供の声が聞こえた。
『誘拐じゃないよ。犯人って顔でてた女の人、健介のお母さんだよ。おれたち、見たもん!』
拓海の声だった。
君島に抱えられたまま、健介は立っていられなくなり、床に膝をついた。




