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ARROGANT  作者: co
翌火曜日
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 テレビを点けず、新聞も外のポストに差しっぱなしで全ての情報をシャットアウトし、君島と健介は籠城を決めた。心配なのは籠城での最大の危機、食料の枯渇。

 原田がまめに料理する男なのでインスタント食品があまりない家だ。

 健介しかいない時にも簡単に食べられるように、ある程度の料理は冷蔵冷凍保存してある。しかしそれにも限界がある。困ったことに君島も健介も米すらとげない。


「まぁいいよ。お昼はピザ取ろうよ」

 君島が提案した。

「それで、夜はお寿司取ればいいよ」

「そっか!」

 健介も笑った。


 学校が始まりそうな時間に君島が健介の担任に連絡をした。担任も当然、健介の欠席を了解してくれた。健介も電話を代わり、先生と少し話をした。自分は元気だと、友達はみんな変わりない?と。先生は何かを少し言い淀んだ。


 電話を切ってから二人でゲームをすることにした。格闘物。リアルではきっと君島に秒殺されるだろうけど、ゲームでは健介の方が強い。

 対戦しているうちにあっという間に昼になる。

 ボロ負けの君島は腹を立てながらピザ屋のちらしを手に携帯の電源を入れた。


 冬の贅沢シーフードピザLサイズにパスタにチキンにポテトにサラダにアイスにジュースと、大量の注文をして住所を告げた。電話口でお兄さんはそれを全部繰り返し、では30分後までにお届けにあがり、まで言って言葉が途切れた。


「もしもし?30分で来てくれるの?」

 敗戦の立腹を抱えたままの君島がいらいらして訊くが、返事がない。よく聞くと電話の向こうでばたばたと走り回る音と数人の驚くような声が響いている。

 なんだよもぅ、と君島が電話を切ろうとすると、さっきのお兄さんが戻ってきた。


『あ!あの!その住所って、その、今テレビで映ってる家ですよね?』

「え?あぁ、うん。そうだね」

『マジっすか!うわ、まだテレビいますか!マジで?』

「……ん?」

『オレ行きます!料金も半額にします!』

「え?」

『てか、サインもらっていいすか!写真ももらっていいすか!お父さんですよね?』

「ごめん。キャンセル」

『届けますよー!料金タダにします!』

「いらない。来ないで。来ても受け取らない。来たら殺す」

 そう言って電話を切った。



「秋ちゃん……」

 ゲームのコントローラーを握ったまま、健介が見上げている。

「んー……。そうだよねー」

 君島が首を傾げた。


「よく考えたらデリバリー頼んでも僕か健介が門まで行かなきゃいけないんだよね。今ピザ頼んだらお昼のワイドショーで生中継だよね」

 健介が、ガーンという吹き出しが似合う顔で絶句した。君島がそれを指差して笑った。

「大丈夫だよ。まだ食べる物はあるしお菓子とかもあるし缶詰もある。僕らが家から出ないってわかったらみんないなくなるよ。その後でどこかのレストランにでも行こう」


 そしてまた、原田が冷凍した料理を温めて食べた。しかし二人とも控えめに済ませる。長期戦になったら困るからだ。

 その後はまたゲーム三昧。時間をやりすごすために。空腹を忘れるために。外出できないことも忘れるために。


 時々原田の部屋を覗く。覗くたびに頭が布団で隠れているから出してやる。

 二階の廊下から吹き抜けの玄関の高い位置にある窓に目をやると、門の前にまだたくさんの取材クルーがいるのが見える。

 あれがいなくなるまで出られない。

 二人は今日一歩も外に出ていないのに、もう日が暮れてきた。



「こんなの、すぐにいなくなるよ。晩ご飯食べよ。それからお風呂入ろう」

 君島が首を掻きながらそう言って階段を降りる。

「だから健介、ご飯の準備して、お風呂入れて」

「わかった」


 君島は、レンジも使えなければ風呂も入れられない使えない男だ。




 原田の作った料理を解凍してテーブルに並べ、ペットボトルのお茶をカップに入れてレンジで温める。

「明日食べたら、無くなるかも……」

 健介が呟いた。

 温めればいいだけの調理済み食品がそろそろ尽きる。

 調理していない魚が冷凍してある。切ってない野菜とかもある。いざとなったらこれもなんとかすればいいんだ。父さんが焼いてるのを見たことあるし。

 健介は少し恐れながら冷蔵庫を閉めた。




 ご飯を食べ終わりお風呂を掃除して給湯を待ちながら、健介は寝ているマックスを眺めている。

 マックスはほぼ一日中寝ている。お腹が空いたら起きて怖い顔でご飯を催促して、満腹になったらまた寝る。

 よその家でもこんな生活だったのかな。きっと違うよね。きっとうちに帰りたくてずっと寝なかったはずだ。マックスはわがままだし。きっとうちに帰りたくて鳴いて鳴いてその家を飛びだして来たんだよね。


 と、健介は思い込んでいる。


「健介ー。入浴剤ってどこにあるのー?」

 君島の声が洗面所から聞こえた。

 お風呂が沸きました、という女の人の声もお風呂の操作パネルから聞こえた。

「お風呂が沸きましたー。一緒に入ろー。入浴剤どこー?」

 また君島の声が聞こえた。



 まるで子供だなぁ、と思った。

 健介は、自分がまるで君島の父みたいだと思った。




 大抵の場合、その類の世話を焼くのは「父」ではなく「母」なのだが、健介はそれを知らない。

 ずっと父が母の役も担っていた。


 何もかも父が担っていた。


 そういう役目を、君島にとっての父的役割を、自分が担うということが少し嬉しい。




 健介は笑ってお風呂に向かった。

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