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『たまたま仕事で通りかかったんですけど、』
『そうですか。偶然あそこに。健介君が走ってる姿はご覧になったんですか?』
『いや、それは気付かなかったですね。渋滞してたんで前しか見てなかったです』
『渋滞というのは、健介君が走ってたからですね?』
『そうらしいです。自分も後で聞いたんですけど、その時はなんでかわかんなかったです』
『いつ事件に気付いたんですか?』
『ラジオをね。毎週聞いてるラジオなんで、それつけてたらそういうことになってたんです』
『それが、「咲良のサンデーフロー」ですね?』
『そうです』
「……そういえば、大きい音が聞こえてたんだよ」
画面を凝視したまま健介が呟いた。
「あのね、車がたくさん停まってて、高速なのに停まってて、窓開いてて、声が聞こえた」
そう言って、君島を見上げた。
「秋ちゃんって、言ってた」
君島が頬杖をついたまま健介を見下ろした。
それを見上げたまま健介が続けた。
「秋ちゃんの友達だって言ってた。秋ちゃんによろしくって」
「うん。言ってたね」
「聞いてたの?友達?ラジオの人、友達なの?人妻?」
君島は吹き出して、ソファの背もたれに倒れた。
「人妻って。失礼だな、健介。人妻じゃないよ。婚約者のいるカノジョ」
自分で訊いておきながら健介は絶句した。しかし何かが引っ掛かった。
婚約者のいるカノジョ。それってもっと悪いよね?そんな会話の記憶。
首を傾げて脳内メモリーサーチを掛け、発見した。
「それって、聞いた。ずっと前に聞いた。ずっと、……ずっと前じゃない。秋ちゃんがハワイに行く前」
「んー。言ったかな?」
「聞いた。聞いたよ。今度のハワイはヒトヅマじゃなくて婚約者のいるカノジョって、」
「うん。そうだったんだけどね」
健介は、テレビに顔を向けた。しかし画面はCMに変っていた。新しい香りの柔軟剤。白いタオルに頬ずりしている子供を見ながら、健介は呟いた。
「まさか、ハワイに一緒に行った彼女が、」
そしてCMが終わり、突然画面に原田が映った。
「うわぁああああっ!」
「えーーっ!!!」
健介と君島は、絶叫してから絶句した。
夜の高速道、暗い上に結構距離もあるし、カメラ自体が低スペックの携帯のようで画面が荒い。
それが映し出しているのは、多くのギャラリーに囲まれて原田がしゃがんで健介を抱いている姿。
原田も健介も顔を上げて周囲のギャラリーを見回している。
雪がちらついている。
『こちらが渡辺さんが撮影されたムービーです。これは?どんな場面だったんですか?』
『ええ、あの、自分、ダンプ降りてたんでラジオはちゃんと聞こえてなかったんですけど、お父さんが迎えに来た、とか言ってました』
『こちらの奥の方にパトカーの赤色灯が見えますが、これに健介君のお父さんが乗って迎えに来たということですね?』
『いや、はっきりは見てなかったんですけど、まぁこれだけ渋滞してるんでパトカーじゃないと来れないですよね』
『そして、この後をどうぞご覧ください!』
健介と君島は絶句したまま、画面を凝視している。
テレビの中の原田は、一度俯き健介に語りかけ、抱いたままゆっくりと立ち上がった。
そして舞台役者のフィナーレの挨拶のように、ギャラリー全てに視線を送り、それからまた健介に視線を落として、そしてゆっくりと頭を下げた。
一瞬音が全て消えて、雪だけが画面の中でちらちらと落ちている。
直後、拍手と歓声が爆発のように膨らんだ。
健介と君島はまだ息ができない。
画面は暗いし手振れもひどく、原田を知らなければほぼ人物の特定もできない程雑な映像なのに、それはとんでもなく美しい画だった。圧倒的に美しく感動的な画だった。
大柄な原田に抱かれている健介が実際よりも小さく見える。小学生なのに幼児くらいに見える。
そして遠目から見ても、長身で頭が小さく手足が長くて身体のバランスのいい原田は十分に男前だ。
カメラがスタジオに戻ると、出演者たちが目にハンカチを当てている。
『感動ですね』
『素晴らしいですね』
『自分、現場に居合わせたことはラッキーでした』
『本当にそうですね、渡辺さん』
『素敵な親子ですね』
やっと、健介が呼吸を思い出し、息を切らせてクッションを抱き締めてそれに顔を埋めた。
君島もやっと大きく息をついて、髪をかき上げて天井を見上げた。
テレビでは可愛い女性アシスタントも目を赤くして、笑顔で頷いて言った。
『親子は今日、姿を見せてくれるでしょうか?』
その声の途中で、君島がリモコンで電源を切った。
クッションに顔を埋めたまま、健介が呟いた。
「……絶対、学校なんか行けない」
君島も応えた。
「僕も、仕事に行けない」
この映像はしばらく繰り返し流されるだろう。その間は家の前からカメラは消えないだろう。この男前の父親の姿を正面アップで捉えられるまで、カメラは消えないだろう。
君島演出劇場と原田の男前がアダになった。




