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「あー。まだあのままなんだねー。すごいねー。犯罪者の家みたいだねー」
健介に叩き起こされ階段を引っ張り下ろされて、リビングのテレビの前で君島があくびをしながらそんな呑気なことを言う。
「なんでこんなことになってるの?いつからこんなことになってるの?」
健介は焦って君島に縋って訊く。
「いつからだろうね?昨日はすでにこうだったね。昨日だってテレビで見たじゃないか」
やはり呑気に頭を掻きながら、君島は健介を見下ろした。
「そうだけど!そうだけど今外にいっぱいいるんだよ!」
「んー。そのうちいなくなるよー」
まだ呑気に頭を掻いていたが、
『それでは、今回の事件を再び、時系列でおさらいしましょう!』
そんな女性アシスタントの可愛い声には、さすがの君島もぎくりと画面に注目した。
知られたくないことばかりなのだ。
健介の事情も元々最低限の人にしか教えていないし、今回初めて知った本当の両親のことも今回巻き込まれた犯罪の動機も、どうしても公表はしたくない。
知られても世間の目は暖かいだろうと思う。可哀想な子供だと憐れまれるだろうと思う。しかしその多くの人間の憐れみは、間違いなく健介の傷になる。健介を好奇の目に晒すのはどうしても避けたい。
万が一を考えて君島はテレビのリモコンを慌てて探した。
余計な言葉が耳に入る前に電源を切ってしまおうと思った。
テーブルの上のそれを掴んだ時に、聞こえた。
『警察の要請により、報道は控えておりました今回の身代金目的の誘拐事件、健介君は土曜日午後8時大胆にも自宅から連れ去られました』
はぁぁ……、と君島は大きくため息をつき、ソファにどさりと腰かけた。
身代金目的。警察の要請。そうか。榎本さんがいたんだった。
うん。大丈夫だ。
「秋ちゃん」
健介がそう呟いて、君島の横に座った。
テレビでは大きなディスプレイを指差しながらアシスタントが続ける。
『北山、小林、両容疑者により拉致され、車で連れまわされた挙句に、翌日日曜日の午後7時!健介君は高速で自力でその車から逃げ出したんですね!』
そして可愛い女性アシスタントは、にっこり笑って頷いた。
ん?
と、君島と健介が身体を乗り出す。
卑劣な犯罪報道のはずが、子供が被害者である痛ましい犯罪のはずが、その笑顔?
その笑顔で、アシスタントが手の平を上に向けて続けた。
『音声が入手できましたので、イメージ映像と共にご覧ください!』
画面は雪の降る夜の高速道に変った。車が何台か走っている。左上に「イメージ」と白抜きの文字。
それに被さる、女性の声。
『高速の路肩を、男の子が走ってない?』
んん?咲良ちゃんの声?と、君島が目を見開く。
『この子どうしたの?もう走りすぎちゃったんだけど』
『逆走して追っかけてる車がいるけど!』
『助けて欲しい!誰か、どうにか、』
『咲良さん?今男の子過ぎちゃったけど、車止まったよ!』
『良かったー!』
『ダンプがその車の後ろ塞いだからバックもできないよ!』
『ぜんっぜん止まらない。もう走んなくていいのに!』
『どうしたらあの子止まるの?雪が降ってるのに!』
『私が彼に話すから。彼に聞こえるように、窓を開けてボリューム上げてくれる?』
『聞こえてるよね?健介君、もう走らなくていいよ!』
『原田健介君!もう大丈夫だから!』
画面はまだ、雪の降る高速道。
健介と君島は、呼吸も忘れてその画面を凝視している。
健介はその言葉を覚えてはいなかった。ただ、この温かい声の記憶はあった。この声で自分は立ち止まったのだと思い出した。
君島は当然知っている。パトカーの中でこの放送を携帯で聞いていた。だから、この後の放送も知っている。
しかしテレビではここで音声が途切れ、スタジオに画面が戻った。
短い金髪の若い男が、満面の笑みを浮かべてアップになった。
『さきほどのラジオ音声で、健介君を追う車をダンプが止めたと電話で話してましたね!そのダンプの運転手の渡辺さんです!』
『へへ。どうも』
君島と健介は、嬉しそうに笑いながらペコペコを頭を下げる若者を、唖然と見た。




