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翌朝、目覚めた健介は、まだ夢の中にいる気がした。
自分の部屋の自分のベッドで目覚めたという、夢のような夢。
その夢から目覚めたくなくて、布団に潜ったまま動かずにいた。
もう少し、もう少し、ここにいさせて。
北風に吹かれてでもいるように両手で掛布団を掴んで、丸く縮めた身体に巻き付ける。
少しでも長くこの夢の中にいられるように。
そして、ぼんやりしていた頭がはっきりしてくる。
繰り返し繰り返し裏切られてきたから期待なんかしない。
こっちの方が夢なんだ。怖いところで目覚めてもきっと頑張る。だけどもう少し。
そんな風に夢から目覚める覚悟をしている頭に、次々と記憶が蘇ってくる。
地獄のような狭くて寒い暗闇。解放された安堵。線香の匂い。そしてアロガン。木の下に朱鷺ちゃん。
殴られて蹴られて、また車の中。また、アロガン。緑の電話。警察直通だと思ったのに。走って走って、そして父さん。
そして秋ちゃん。朱鷺ちゃん。朱鷺ちゃん。朱鷺ちゃん。
そして父さんと葬式。父さんと、僕のお父さんの葬式。お爺ちゃんみたいなお父さん。あのお父さんならいらない。あのお母さんもいらない。
テレビに父さん。目覚めて、連れて行かれる父さん。お祖父さんのようなおまわりさん。秋ちゃん。マックス。
秋ちゃん。僕。
自分で父親を選んで掴まえた、子供。
それが、僕。
まだ、柔らかいベッド。まだ僕の部屋。
やっと布団から頭を出す。
電気が点けっぱなしで、明るい。カーテンの隙間からも朝日が漏れる。
僕の部屋。
身体を起こしてベッドの下を見ると、君島が寝ている。
夕べは寝るまで君島としゃべっていたのだった。
僕の部屋。秋ちゃんがいる僕の家。
夢のような元通りの生活に、本当に戻ったんだ。
健介は一度大きく息をついて、君島を起こさないようにそっとベッドを降りた。
部屋を出て向かいの父の部屋を覗き、相変わらず丸く布団に潜っている姿を確認する。
父さん。
またすっかり被っている布団を捲って頭を出す。
この布団の中に、この腕の中に僕は寝ていたんだって。
信じられないね。
思わず健介は笑ったのだけれど、なぜか涙が零れた。
階段を降りてダイニングに行くと、マックスが走ってきて怖い顔でにやおんと大きな声で鳴いた。
いつもは父にしか愛想を振りまかないし纏わりつかない猫なのに、きっとお腹が空いていて怒っている。フードは納戸に置いてあるケースに入っているから、マックスは納戸の前に走って行ってまた大声で鳴いている。
わかったよ、と納戸を開けてケースを取ると足に纏わりついてきた。
可愛いじゃん、とスプーンに2杯、皿に入れてやると、ガシガシ食べ始めた。
健介も冷蔵庫を開けて、ヤクルトを取る。
それを持って細いストローも持って、リビングに行ってテレビを点けた。
それからストローを蓋に刺そうとして、上手くいかなくて唇を尖らせて、ちらりとテレビ画面を見た。
そして、ストローを刺せなかったヤクルトを、ポトンと床に落とした。
テレビ画面には、現在の原田邸が映されていた。
『昨日夕方、少年と家族は警察関係者と共に自宅に戻りました。今現在まで動きはありませんので、家族水入らずでゆっくり過ごしていることと思います』
『それでは、再び昨日帰宅した様子のVTRをご覧ください』
映像が変わって、大柄な警官が運転する原田の車がカーブを曲がり、後部座席でぐったりと目を閉じる原田が映し出された。その奥には同じく、原田に寄り掛かって寝ている健介。
じきに健介の身体がその奥の腕に隠され、原田の顔にも何かが掛けられて見えなくなった。
大人数の報道クルーが大騒ぎする中、ガレージに車が入り、シャッターが警官により閉められた。
シャッター越しにも撮影は続き、原田が運び込まれる様子も映されている。
再び、映像は現在の原田邸前。
門の前でマイクを持ったレポーターがスタジオのキャスターの名前を呼んだ。
健介も、階段の下から大声で君島の名前を呼んだ。




