表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ARROGANT  作者: co
翌月曜日
81/194

12

 家に入って鍵を閉めた。

 ガチャンと大きな音がした。


 ずいぶん久しぶりな気がする。ずいぶん久しぶりに家に帰ってきた気がする。



 僕の家だ。




 沓脱でぼんやりしている健介を階段の途中から君島が呼んだ。


「健介。浩一は部屋に運ばれたよ。みんないるからおいで」


 健介は頷いて靴を脱ぎ、階段を駆け上がった。



 階段を上がってすぐの父の部屋のドアが開け放たれている。

 ドアに手を当ててそろそろと中を覗くと、スーツ姿の大きなおじさんたちが立っていて、きょろきょろと室内を眺めていて、頷きながらため息をついてぼそぼそと話していた。



「でかい家ですよね」

「内装も高そうな物ばっかりだな」

「建築の仕事してるって聞きましたけど、そうすると目が肥えてしまうんですかね」

「目が肥えたって懐が肥えてないと持てるもんじゃないだろ」

「それに建物だけじゃなくて、このあたりって土地が高いんですよ。自分、今探してるところだから知ってますけど」

「すごいですよね。この若さで」

「宝くじでも当たったんですかね?」

「刑事部長、お知り合いなんですよね?何かご存じですか?」


「知り合いって言ってもなぁ」

 榎本が少し笑った。




「健介」

 ベッドの横に立っていた君島が、部屋に入ってこない健介を呼んだ。

 大きいおじさんたちの姿に圧倒されて足が止まっていたが、君島の声でベッドに目をやり、そこに寝かされている父の姿が見えた途端健介は部屋に飛び込んだ。



「寝てるだけだから」

 君島が笑い声でそう言い、原田の被る布団を握って焦る健介の頭を撫でる。

「でも!父さんがこんな風に寝てることなんてないもの!」

 健介が泣きそうな顔で君島に訴えるが、君島は笑って言った。


「あったよ、前に。健介も知ってるはずだよ」

 寝ている原田を見下ろして、君島は続けた。


「覚えてない?前にオーディオルームのソファで三日潰れてたことあったよ」



 それが君島にとって二度目の原田の発作遭遇。健介は保育園児だった。

 原田の部屋の隣にある納戸がなぜか音響のいい防音室になっていて、あまり使うことはないが一応オーディオルームというかシアタールームになっている。そこのソファで撃沈して、その重い身体を引き摺ることもできなかったので放置した。

 健介は毎日保育園に行く前と帰ってきた後にそこに行って、起きない原田を見て泣いていたのだ。覚えているはず。



「オーディオ……、隣の部屋の?……あ、あったね、ずっと前。でもあれって、お酒呑みすぎて、」

「浩一はアルコールに強いから酒で寝ることはないよ」

「でも、だってあの時は、」



 健介はそこで言葉を切った。



「何?」

 君島が首を傾げて促したが、健介は首を振った。

「なんでもない」




 それ以上は言えない。それ以上は、秘密。

 健介は口を噤んだ。





 そして、警官たちと話をしていた榎本がベッドに近づき、寝ている原田を見下ろして呟いた。


「知り合いって言っても、恐らく浩一君は私を覚えていないだろうね」


 え?と健介が見上げた。

 気付いた榎本が、微笑んだまま健介に分かりやすい言葉を選ぶ。


「浩一君のお父さんと私は大学の同期で、浩一君が小さい頃は時々会っていたんだけど、お父さんが亡くなってからは一度も会ってないんだ」

 健介が首を傾げる。

「浩一君とは一度も会ってないんだけど、君島君とはたまにね」

 健介が君島に顔を向けると君島が頷いた。


「君のことも、健介君のことも、私はずっと前から知っていたんだよ。君島君に聞いていたからね」

 そう榎本に言われて、健介は君島に言われたことを思い出して慌てて頭を下げた。


「あの、ありがとうございました!警察で僕の味方になってくれたって聞きました!」

「え?」

 榎本が笑い出した。

「おじさんがいなかったら僕助かってないってさっき秋ちゃんが、」

「それほどでもない。健介君が頑張ったことが一番大きいんだよ。本当に君はすごいよ」

 榎本が笑いながら、腰を曲げて健介に近づく。


「よく、逃げようと思ったね。本当に強い子だ。私たちは、健介君が自力で逃げてくるとは思ってなかった。とても無理だと思っていた」

 健介は口を噤んで榎本を見上げる。

「非道な犯人だし、君は小さいし、こういう場合は動けなくなって当然なんだよ。じっと動かないことが最大の防御だから。普通、動かないんだ」

 健介は頷いた。そうだったと思い出していた。車の後ろの席で丸く固くなっていた。

「動かないものなんだ」

 榎本が繰り返す。


「それなのに、君はどうして動けたんだ?」



 丸く固くなっていた健介に、あれが届いた。

 あれが。



 榎本を見上げて、答えた。




「父さんが」


 アロガンが、届いた。


「父さんの匂いが」





 そう口にすると、健介の目から涙がぽろぽろと落ちてきた。





「お!どうした!思い出したのか!悪い悪い!悪かった!」

 榎本が大慌てで健介の前に膝をついて、その頭を抱えて撫でた。

 健介も驚いて、抱えられた頭を必死に振る。

「そうだよな、怖かったよな。しかし本当によく逃げてきた!よく頑張った!」

 榎本が大声で健介を褒める。健介は首を振るのだが涙は止まらない。

「怖かったな。しかしあんな悪いヤツは君の代わりにおまわりさんが懲らしめるからね」

 涙は止まらないのだけれど、健介は笑っていた。

「私の権限で厳罰に処するから安心していいよ」

 健介は、泣いて笑って頷いた。

「本当によかった。本当に助かってよかった」

 健介は、喜ぶ榎本に抱かれて泣きながら笑い、目を閉じた。



 父さんの父さんの友達。

 お祖父さんの友達。



 もしかしたら、お祖父さんがいたら、こんな感じ?



 健介は、まだ泣きながら笑っていた。

 なんだかとても、嬉しかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ