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「広いのね」
お母さんが健介の部屋を見回してそう言った。
「そうなのかな?お母さんの家は狭いの?」
健介はベッドに座って訊いた。
「私は今賃貸アパートで暮らしてるの」
「そうなの?誰と?父さんと離婚して、それからどうしてたの?どうして、」
ここまできてやっと、この質問をする勇気がでた。
「どうして、僕を探してたの?どうして今まで僕に会いに来てくれなかったの?」
予想通り、お母さんは泣きだした。
そして嗚咽しながら途切れ途切れに、その理由を語った。
健介が二歳の頃に突然離婚を言い渡され、父は健介を連れて住んでいたアパートから失踪した。
残されたお母さんは身近に頼る人もいなく収入もなく、止むを得ず実家に身を寄せていたのだけれど、どうしても一人息子の健介に会いたくてお金を貯めて以前住んでいた辺りに部屋を借りて探すことを決意した。
もうこっちに来てから何か月経つかわからないぐらいに探した。
警察に行っても相手にされなかった。
だけど絶対見つけられると思っていた。
泣きながらそう言って、お母さんは健介を抱き締めた。
「だって私が産んだんだもの。絶対にまた会えると思っていた」
そうなんだ。
お母さんの涙を頬に受けて、健介はぼんやりと胸が熱くなるのを感じている。
温かくて柔らかいお母さん。
こういうの、知らなかった。
健介は目を閉じた。
気持ちいい。
こういうの、知らなかった。
健介は、微笑んだ。
しばらくベッドに座ってお母さんに抱き締められていると、来客を知らせるチャイムが鳴り、健介は慌てて階下に降りてインターホンのモニターを覗いた。
児童相談所の森口さんだった。
父子家庭の上に君島という反社会的生物が同居しているために不定期に虐待の有無を確認されているのだと父が言っている。
健介も顔見知りなのでドアを開けて応対した。
「や。健介君、元気?」
「はい。でも今父さんいませんけど、」
「あれ?本当?そうか。いらっしゃるって伺ったんだけど、まぁ別に健介君一人でも、……あれ?お客さん?」
森口さんが、お母さんの履いてきたパンプスに気付いた。
健介は、事実を告げることを躊躇った。
父さんは間違いなく森口さんにもお母さんの存在を教えていない。
父さんも秋ちゃんも、お母さんのことを隠していた。
お母さんの存在を、僕の中で殺していた。
じわりと、怒りが燻った。
「……お母さん、です」
健介は呟いた。
「え?」
「お母さん」
「……お母さん?誰の?」
「僕の」
「え?僕?」
「お母さんが僕を探しに来てくれた」
「……え?」
「お母さん、死んでなかったのに、父さんたちが死んだことにしてたの」
「……そ、そう?」
「うん。ひどいでしょ」
「そう、だね。そうか、その、お母さん今中にいらっしゃるんだよね?会わせてもらえる?」
「うん!」
健介は階段を駆け上がって自分の部屋のお母さんにそれを伝えた。
森口さんは児童相談所の人だから父より健介を味方してくれるはずだ。だから父より母の味方をしてくれるはずだ。
そうお母さんに言ったのだけれど、お母さんは首を振った。
「ごめんね。今は泣いてひどい顔だから、今度きちんとした時に会いたいって伝えてくれる?」
それもそうかと健介はまた階段を駆け下りた。