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今どこに住んでるの?と訊かれて、健介は自宅に女性を連れて行くことにした。
いや、女性、ではなく、母。
お母さんだと健介は確信していた。
繋ぐ手の温かさだけでなく、身体の芯が覚えている。
このお母さんを。
繋いだ手を振りながら一緒に歩き、健介は訊いた。
「僕、お母さんは火事で死んだって聞いてた。お母さん、今までどこにいたの?」
お母さんはぼろぼろと涙を零し始めたので、健介は慌てて立ち止まってその顔を見上げた。
「……死んだなんて、そんなひどいこと……」
お母さんの泣き顔を見上げながら健介は、唇を噛んで怒りを堪える。
ひどいよ。父さんも秋ちゃんも。
死んだなんてひどいよ。
「ごめんね。僕知らなかったから。ごめんなさい」
「ううん。いいの。健介のせいじゃないわ」
「……うん。父さんと秋ちゃんが悪いんだよ」
「……秋ちゃん?」
「あれ?秋ちゃん知らない?看護師でね、僕と父さんと三人暮らしなんだよ」
「看護師さん?……お父さんの彼女?」
健介が吹き出した。
「違うよ!やっぱお母さんも秋ちゃんを女だと思ってたんだね?秋ちゃん怒るよ!」
「……男なの?」
「そうだよ!知らなかったの?父さんってお母さんに秋ちゃん紹介しなかったの?」
「知らないわ」
「そっかー。昔仲悪かったって言ってたけど、てか今でも仲悪いんだけどねー」
「仲、悪いの?」
健介は笑ってお母さんを見上げた。
「悪いよ。すごーく仲悪いよ!僕がいなきゃきっと一緒に住んでないよ!」
「そうなの」
「お母さんは、どこに住んでるの?」
健介がそう訊くと、お母さんは一度口を噤んだ。
だから健介は続けて質問した。
「お母さんが死んでないとしたら、そしたら父さんと離婚したんだってことなんだよね?そしたら、もしかして僕って兄弟いたりするの?」
ふ、とやっとお母さんは笑って、首を振った。
「健介一人。他に誰もいないわ」
「……ふーん。そっかぁ。残念だなぁ」
健介が口を尖らせ、そして到着した自宅を指差した。
「ここが家だよ」
お母さんが立ち止まって、家屋を見上げた。
「……大きな、家なのね」
「そうなのかな?僕ずっとここで暮らしてるからよくわかんない」
門を開けて中にお母さんを招き、玄関の鍵を開けてから振り向いた。
「そっか!父さんってここにずっと住んでたんじゃないんだ!お母さんと別のところに住んでたってことなんだよね?」
「そうよ」
「そっか。そうなのか。そこが火事になったの?」
「火事?」
「だって火事でお母さんが死んだ……あ!死んでないんだから、火事なんかなかったんだ!」
見上げたお母さんの顔がまた曇った。
「ごめんなさい。とにかく、家に入って」
健介が慌てて玄関を開けた。
当然のように、マックスが座って待っていた。
マックスは、お母さんを一目見て、立ち上がって背を丸めて、小さな牙を見せて威嚇を始めた。
「マックス!」
健介が怒鳴るとマックスは四本の足を伸ばしたまま跳ねるように後ずさり、唸り声を上げたまま二人を睨んだ。
「躾が悪いんだ。父さんが甘やかしたから。気にしないで、お母さん」
そう言って、健介はお母さんを二階の自分の部屋に案内した。
お母さんは威嚇するマックスを大きく避けて階段を上がった。