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ARROGANT  作者: co
日曜日
69/194

23

 朱鷺母に代わってもらったツインの部屋の片方のベッドに腰を下ろして、原田がやっと落ち着く。

 酔っぱらっているくせに君島は部屋に入るやいなやタオルを抱えて大浴場に向かった。


 だから、寝るのは今しかない。


 原田は眼鏡を外してジャケットを放り投げて布団に潜り、枕に顔を埋めて3秒後には入眠。

 寝付きの良い体質なのだ。


 そして当然1時間も経たずに君島が部屋に戻ってくる。

 原田は君島がドアの鍵穴に鍵を差し込む前に、部屋の前で止まった足音で目を覚ました。

 眠りの浅い体質なのだ。



「いい温泉だったよー!浩一も行ったらいいよー!」

 酔っ払いは大声でそう言いながら部屋に入ってきた。

 そして、眠りが浅くとっくに目覚めてはいるものの寝起きの悪い原田は、まだ布団から出ない。

「えー。浩一、もー寝てんのー?」

 君島がまだ大声でそう言いながら、原田が寝ているベッドに腰掛けてその頭を隠している布団を掴んだ。



「……殺すぞ」



 原田が寝起きの半眼で君島を睨んでそう言った。

 酔っ払いは爆笑した。



「何か飲む?水欲しい?」

 君島が相変わらず大声で訊き、原田は小さく欲しいと応えた。

 ベッドから立ち上がってドア付近のビルトイン冷蔵庫を開きペットボトルを取り出し、君島はやっと身体を起こした原田にアンダースローしようと腕を後ろに引いて、止めた。

 原田が眼鏡を掛けていない。その裸眼の視力はほとんどないらしい。ここから放り投げたらきっと頭に当たる。だからしょうがなく、ペットボトルを親切に手渡した。

 渡されたペットボトルのキャップを外して原田はそれを口元に寄せた。



 そして自分も水を一口飲んでから、君島は再びベッドに腰を下ろして原田の顔を無遠慮に覗き込んだ。


 眼鏡を外した原田の顔を見ることはほとんどない。

 結構長い付き合いだがこれまでも数える程しかない。

 その珍しい様を君島はじっくりと眺めた。そして視力の乏しい原田はそれに気付かない。



 疵のない色白の肌に切れ長の眼も真っ直ぐな髪も漆黒で、コントラストのはっきりした顔立ち。

 ただでさえ長身が目立つのにこの端正な淡泊さは惹いた視線を逸らさせない。

 バランスに歪みがなくあまりに整っているせいで一目では印象を掴み切れない。

 だからしばらく眺めてしまう。

 原田はそういう美形なのだが、その自覚は本人にはない。

 それどころか眼鏡で顔全ての印象を掻き消されているはずと思い込んでいる節がある。

 そういうところがバカだと、君島は原田を評している。あらゆる面で無自覚にすぎる。

 イケメンが眼鏡をかけたところでイケメン眼鏡男子になるだけで、イケメン眼鏡男子が眼鏡を外したところで予想通りのイケメンが現れるだけだ。



 その無自覚なイケメンが上目使いの裸眼で君島を見詰めた。

 恐らく見えていないくせに君島の顔付近を見上げている。

 微妙に焦点がずれている目線で作られる表情がやはり冷淡な男前。

 美女顔の自覚のある君島はそれが結構不愉快で、不機嫌に訊く。


「何?」


「……昨日の続き」


 そして原田は、声も独特な低い掠れ声。

 僕がこんな男だったら遊びまくるのになぁ、とため息をついた。

 まぁそうじゃなくても遊んでるけどねぇ、とまた訊いた。


「昨日?何かあった?」

「昨日だよな?お前が出ていくって話をしてたのは」

「え?そうだった?もっと前じゃなかった?」

「そうか?まぁいつでもいいよ。その続き」

「続きねぇ。別に続きはないけどねぇ。僕には」



 そう。僕には続きはない。僕はもうこの父子には用無しだ。


 健介に、浩一に引き取られた経緯を説明する時には僕がいなきゃダメだと考えていた。浩一は絶対間違えるから。

 自分が勝手に手元に置いただけだから、嫌なら、他に望むことがあるのなら、気にしないで行けばいい。

 浩一は必ずそう言うと思った。実際その通りの判断をした。

 だけど僕がきちんと軌道修正をして今後はまともな父子として暮らしていく精神的な基盤は作れたと思う。


 だからもう僕は用無しだ。


 君島はそう考えて笑った。



「僕は出ていくよ」

「なんで」

「もう健介も大丈夫だし、僕がいる意味もないよ」

「いる意味がない。じゃあ、いない意味はあるのか?」

「……いない、意味?」

「お前がいなくなって健介にメリットがあるのか?」

「……ん?なにそれ?」

「どっちでもいいんだろ?」

「なにが?」





「いる意味もいない意味もないのなら、いてくれ」





 裸眼でまっすぐ見詰められて、原田にそう口説かれ、君島は絶句した。

 そして若干赤面もした。



 なんというストレートなプロポーズだろう。



 原田は極端に無口で、口を開けば予想外の言葉ばかり吐くのでそうは思われないのだが、大変率直な男だった。




「それに、出ていくって言ってもあてはあるのか?」

「そんなの、すぐに探せるよ」

「いや、物件のことじゃなく、金はあるの?」

「あるよ。貯金50万」


「……本気か?30独身男が真面目に貯金50万?それでどこに引っ越せるって言うんだ?」

「できるでしょ。僕の彼女は30万で引っ越したって言ってたよ」

「自慢だろ、それ。たった30万で引っ越した自分は偉いって話だ」

「そんなことないよ。結構大掛かりな引っ越しだったらしいし」

「ああ。それ引っ越し業者に支払った金額だろ?賃貸契約は別だぞ」

「あ!」


「無理だ。だいたいお前が今使ってる家具全部俺が買ったものだからな。引っ越すとなったら家電も一式揃える必要がある。50万では何もかも無理だ」

「ああ……」

「それに、そうだ、だいたい健介を引きとることになったのは8割方お前のせいだ。最低成人するまではお前にも責任がある」

「責任……」



「よし。そういうことだ。解決」

 原田はそう言って膝を叩き、眼鏡を掛けてベッドを降りた。



「わかったな。お前は健介を育てる責任と引っ越せない事情を諸々抱えているんだ。家にいろ」



 そう宣言して原田はタオルを掴んで風呂に向かった。




 原田が部屋を出て行った音を聞いて、君島はベッドにバタンと仰臥して、今の原田の宣言を反復する。



 健介を育てる責任と、引っ越せない事情。

 諸々抱えているんだ、家にいろ。


 出て行けないのか。


 そして横臥してため息をついた。


 そうなのか。出て行けないのか。



 君島は笑った。

 安堵している自分に気付いて。案外喜んでいる自分に気付いて。

 僕はもうしばらくあの家にいてもいいらしい。

 本当はそれを望んでいた自分に気付いて。



 そういえば何度も浩一を殴ろうと決意してたけど、さっきの思いがけないプロポーズに免じて許してやってもいい。

 君島は笑いながらもぞもぞと布団に潜った。





 そして、風呂から戻った原田が部屋のドアを開けると、すでに薄暗くなっている室内からはっきりと君島の声が響いていた。


「そっちじゃないし。僕が頼んだのはライムのはずだよ」


 原田はドアノブを掴んだまま立ち尽くした。



 ……始まってたか……。




 君島は、酒が入るとほぼ一晩中寝言を言う癖がある。しかもはっきりと大声で。話しかけると会話にもなる。しかし本人は絶対目覚めない。

 そして原田は極端に眠りが浅く、例えば猫が歩いても目を覚ます。だからただでさえ誰とも一緒には寝られない。こんなにやかましい君島とはなおさら無理だ。

 唯一の例外が健介。健介だけは抱いて寝ることができる。だからこそ原田は健介を引き取る決断ができたのだ。



「僕、強いカクテルは飲まないよ。そっちと交換して」

「……夢でも酒呑んでんのかよ。いい加減にしろ」

 原田が君島の隣のベッドから布団を持ち上げながら君島の寝言に突っ込む。

「だからそんなに強いのは飲まないよ。酔っちゃうからね」

「酔う前に言ってもらいたかったな」

「そんなに酔ってないよ」

 君島が目を閉じたまま笑って応えた。これで起きてないのだ。



 原田は布団をバスルームに持ち込み、狭いバスタブに敷き詰めた。

 耳栓はフロントでもらってきている。

 君島と同室と決まった時点でベッドで寝ることは諦めた。そういう意味でダブルでもいいと言ったのだ。



 どうせ寝られないだろうけど、一応身体は休められる……だろうか?

 原田は大きくため息をついてから、布団を敷いても固いバスタブに足を入れて腰を下ろした。



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