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そして、警官の車の助手席に乗っている原田は頭を抱えている。
さきほど朱鷺の母がホテルに連絡して空き部屋を問い合わせたところ、今日は混んでいて一部屋しか空いていないとの答え。
しかも、ダブル。
「……他にホテル、ないですかね?」
「この時間だとまともなホテルは受けてくれないと思うわよ?それに鷹村さんの葬儀でどこも一杯なのよね。諦めなさい」
原田の抵抗を朱鷺母があっさり圧し折る。
「私のツインの部屋と交換してあげるから」
朱鷺母が笑いながら慰めてくれるが、
「……別に、ダブルでもいいです」
諦めた原田が呟き、君島が爆笑した。
ホテルに着き、送ってくれた警官に礼を言い、車を降りて三人でエントランスに向かう。
ボーイに迎えられ、フロントで原田が手続をしているうちに、朱鷺母がフロント係の男に声を掛けた。
「さきほど電話でフレンチのコース三人分お願いしたんですが、何階かしら?」
ええええ~……。
と、原田がペンで紙に穴を開けそうになる。
こんな時間からフレンチって、ここ温泉宿じゃなかったのかよ。
君島も同じ感想を抱いたようで、朱鷺母に突っ込んだ。
「妙さん。今からコースなんて、温泉に入る時間がなくなってしまいます」
そして朱鷺母の即答。
「だって、開いてるレストランがフレンチしかないって言うのよ。大丈夫!お料理もちゃっちゃと持ってきてもらうように商談は付いてるの」
そうですか。としか言いようがない。
フレンチと聞いてから気付く。自分たちの格好。
原田は黒のダウンジャケットにセーターにジーンズ。
君島はグレーのハーフコートに厚手のワッフルカットソーにカーゴパンツ。
双方ともカテゴリーは作業着。
フレンチに来るつもりなんか120%無かったんですとギャルソンに訴えれば許されるだろうか。
だいたい、食事ができるとも思ってなかったのだ。
食事のことなんか考えてもいなかった。
健介のことで頭が一杯で、そういえば今日何も食べていない。自分が空腹だということにすら気付かなかった。
二人がやっとそれに気付いた。
だからといってフレンチか?
「大丈夫よ。ここのフレンチ、浴衣でいいんだから」
二人の躊躇に気付いた朱鷺母がそう言った。
「いえ!浴衣ではご遠慮いただいておりますが!」
フロントマンが必死に抗弁した。
浴衣がだめならジーンズもやばいですよね。と、原田は首を掻く。
そんな原田たちに構わず、12階の薄暗いレストランに颯爽と向かった朱鷺母は迎えに来た店員に当然のように案内を要求した。
「予約してました橘です。遅くなってごめんなさいね。すぐにお席に案内していただける?後ろの二人、スーツ汚してこんな格好に着替えてしまったんですけどよろしいですか?こちらドレスコードは厳しいのかしら?」
黒のカシミアコートも深いブラウンのツーピースも一目で上質な物と分かる。
手に持つバッグも履きなれた風の低いヒールも、ブランドの刻印は見えない場所に為されている。
なによりも臆することなく堂々と笑顔で店員を圧する態度が、それなりのクラスの自信を示している。
店員はその小柄な姿を値踏みした後に後ろの粗末な二人を眺め、笑顔を作った。
「お待ちしておりました。どうぞ奥のお席へ」
恐らく誰の目にもつかない席に案内されるのだろう。
申し訳ないことだと原田は俯き、そして朱鷺母の強引さにやはり笑った。




