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朱鷺の個室に健介のベッドが運び込まれて、二人分の食事も運ばれてきて、それを期に朱鷺の母と原田と君島が部屋を出た。
ナースステーションに寄って担当の看護師に、あの個室の消灯は二人が完全に寝たことを確認してからにと頼む。
それから三人はエレベータに向かい、開いた扉の中に乗り込み、動き出した箱に寄り掛かってほぼ同時にため息をついた。
それぞれ、濃密すぎる一日を反芻していた。
原田と君島はその前日からだが、あまりに長すぎて遠い昔のような気がしている。
ハワイから戻ってきたのって昨日だっけ?と君島は頭を押さえる。
ブリ大根作ったのって昨日だっけ?と原田が天井を見上げる。
そして思い出した。あのブリは隣に立っている朱鷺母にもらったものだった。
「そういえば、ブリありがとうございました」
「ブリ?ああ、そうね。そういえばあげたわね。美味しかった?」
「美味かったか?」
原田が君島に訊いた。
「美味しかったよ。あれ、妙さんのブリなんだ?」
「そうなのよ。氷見の寒ブリ。うちは照り焼きにしたけど、原田君どうした?」
「大根がついてたのでブリ大根にしましたが」
「いいわね。予想通りのメニューで嬉しいわ。美味しかったでしょ?脂が乗ってて」
「俺食ってないんです」
「あらどうして!」
「作ってるとなんとなく食欲が失せるんですよね」
「あらぁ。わかる!」
そんな話をしている間にエレベータの扉が開いて、一般外来の出入り口はもう閉まっているので夜間救急の出入り口に向かった。
するとそこにまだ残っていた警官が原田の姿に気付いて手を上げた。
「原田さん、ご自宅までお送りします」
「いえ、健介が入院したのでどこかこの付近でホテル取りたいのですが」
「ああ、そうですか。そうすると…ま、明日には自宅に戻られますね?」
「そうですね。明日の朝には多分健介も出られると思います」
「では明日お迎えに伺います」
「え?そうなんですか?」
「まぁ、一応。ご自宅にもまだ捜査員が残ってますし」
「そうなんですか」
「明日帰るなら、うちの車で一緒に戻ったらいいわよ」
朱鷺の母が、また簡単に提案した。
「朱鷺も喜ぶし。そうしましょう」
そうにっこり笑って警官に頷いた。
優しい母の温かい強引さに、原田はつい笑った。
そして、きっと健介にもその方がいいだろうと、警官に断った。
「じゃあ、それで構いませんよね?こちらの車で明日自宅に戻ります」
「そうですか。了解しました。では明日また連絡を差し上げてからご自宅に伺います」
「いろいろとご面倒をお掛けしました。ありがとうございました」
「いえいえ、むしろ何もできなかったような塩梅でしたし。それにご面倒ならまだ終わってなさそうですよ」
「え?」
「……高速で派手にやらかしましたからね。出待ちされてますよ」
「は?」
そして全員で、夜間外来の玄関ガラスドアを振り向いた。
そのガラスの向こうには、ごっそりと集団が白い息を吐いて足踏みをしながら待っていた。
手に持つ携帯を見下ろす者、ハンディカメラを構える者、打ち合わせをするように頭を突き合わせている者、ガラスにへばりついてこちらを指差す者。
「……なんですか、これ?」
原田が訊いた。
「出待ちです。原田さん、でかいから目立ちますしね」
「出待ちって何ですか?」
「そのままです。出てくるの待ってます。原田さん、面が割れてますからあれ掻き分けて車に乗るの至難の業ですよ」
「なんでですか?」
「高速で派手なことするからです」
「俺何かしました?」
警官が顔を顰めて原田を見上げた。
それを見ながら君島が笑って提案した。
「僕がタクシー拾ってくるよ。それで裏口に着けるから浩一と妙さんは裏口に回って」
警官も頷いて笑った。
「なるほど。お嬢さんは顔バレてませんからね」
君島が顔色を変えて警官を睨んだ。
原田と朱鷺の母は、顔を背けて吹き出した。いつものことなのだが。
そして警官は全く気付かずに続けた。
「車でお送りしますよ。どうぞ裏口に回ってください。どちらのホテルですか?」
「ああ、それじゃ、ホテルは私が泊まっているところにしたらいいわ。いい温泉よ。部屋空いてるかどうか訊いてあげる」
朱鷺の母が笑いながらさっそく携帯を取り出した。
「では車持ってきますので」
警官が玄関から立ち去った。




