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ARROGANT  作者: co
日曜日
64/194

18

 がっしり健介を抱き締めて、朱鷺が原田を睨んでいる。

 君島は椅子に座って爆笑している。


 朱鷺は事件の直接情報を何も持っていないのだ。

 健介が攫われたなどという非現実的で何段階も経た遠い間接情報は今は頭の片隅にもない。


 兄の会社で原田に、健介を母親に返したと告げられたのが最新情報。

 そしてなぜか通夜を営んでいる鷹村邸で泣いている健介に抱きつかれたのが、朱鷺自身に起こった最新事件。

 この二つを簡単に繋げると、嫌がる健介を原田が鷹村家に預けた、ということになる。


 そんなことをするのなら僕がもらう。

 そんなに健介がいらないのなら僕がもらう。


 朱鷺は、そう宣言している。




 原田は、顔を顰めてため息をついた。


 それから、首を振りながら朱鷺に小声で言った。



「……やらない」



 朱鷺はまだ睨んでいる。

 だから原田はまた繰り返した。



「誰にもやらない。お前でもやらない」



 朱鷺は、視線を原田から君島に移した。

 原田の言っていることはだいたい読めたのだけれど、確認のために君島に顔を向けたのだ。

 君島は笑ったまま、首を傾げつつ通訳した。

 やらないって言ってるよ。

 それを見て、朱鷺はまた原田に目を移した。

 そして原田が続けた。



「それは、俺の息子だ。誰にもやらない」



 まだ原田を睨んでいる朱鷺に、次は健介がその胸を押して顔を向けさせて、訴えた。



「あのね、朱鷺ちゃんの家に行ってもいいけどね、うちには僕の物がいっぱいあるから、」


 ジャケットから両腕を抜いて、涙を零しながら、朱鷺にわかるように大きく指を使いながら、手を使いながら、続けた。


「父さんの家にいる方がね、便利だからね、朱鷺ちゃんの家には、」


 ぼろぼろ涙を零しながら、朱鷺の目を見ながら、健介は手を動かした。


「僕は父さんの家にいることにしたけど、朱鷺ちゃんの家にも毎日行くからね、」




 なんだよ。

 と、朱鷺は顔を顰める。

 なんだかさっぱりわからない。


 だけど、健介は帰ってきた。

 僕はどうやら健介を失わなかった。



「朱鷺ちゃんの家に毎日行くから、だから、僕父さんの家にいてもいいよね?」



 僕は健介を失わなかった。

 だって健介は今、手でしゃべっている。

 健介はもう手話を使わないと原田さんははっきり言っていたのに。

 その健介が、懸命に指を動かしている。



 ごめんね、朱鷺ちゃん。

 そう指で謝って、健介がまた抱きついてきた。


 なんだかさっぱりわからないけど、まぁいいか。


 泣いて謝る健介を抱き締めて、朱鷺は笑った。

 健介が僕の弟分ならそれでいいんだ。

 これまでもこれからも変わらないのならそれでいい。





「あら。原田君。まぁ。健介君は?」

 朱鷺の母が戻ってきて、最初に目についた原田に声を掛けた。

「ああ、はい。あそこに」

 原田が朱鷺のベッドを指差す。

 あらあら、と抱き合っている二人に朱鷺の母が笑っていると、その後ろから看護師がドアを開けて現れた。

「原田さん、よろしいですか?健介君に小児科病棟のベッド用意しましたので」

「ああ、はい」


 健介がそれを聞いて、朱鷺のシャツを握って俯いた。


 健介、と原田が声を掛けると、健介が縋るように原田に訊いた。


「父さんも、僕と小児科に泊まる?」


「お父さんは無理よ。でもちゃんと看護師さんたちが見回りするから大丈夫なのよ」

 看護師が優しく応えた。

 しかし、健介は怯えたように首を振る。

 あらまぁ、と看護師が笑ったが、健介は口を開かずに首を振った。



 そうだな。

 今日一人で寝かせるのは可哀想だな。

 原田はそう思って看護師に訊いた。

「連れて帰ったらだめですか?この後なにか治療があるんですか?」

「ええ、点滴に時間が掛かるのと高熱が心配ですので、」



「じゃあ、ここにベッド運んだらいいんじゃないかしら?朱鷺一人だし」

 朱鷺の母があっさり提案した。

「それならどう?健介君」


「うん!朱鷺ちゃんと寝る!」

 健介が即答した。その勢いのまま、続けた。



「朱鷺ちゃんとだったら、電気消さなくていいよね?」





 ああ、そうか。

 健介の言葉で原田と君島の胸がぎりっと痛んだ。



 朱鷺との会話は、音を媒介としない。

 必ず互いの手と表情が見えなければ、意思のやりとりは成されない。


 光がなければ朱鷺との会話は成立しない。




 光のない想像を絶する恐怖を、この子供は味わっていた。

 車のトランクの、狭い暗闇に閉じ込められていたのだ。


 それを癒すには、明るく広い部屋の中で朱鷺と語ることがまず必要なのかも知れない。

 暗い中では語れない朱鷺と笑いながら眠りにつくことが最初のステップかも知れない。


 どうしても光が必要な朱鷺と共にいることが、きっと気持ちを宥める。



「それがいいんじゃない?朱鷺はこの後特別に食事用意していただけるそうだけど、健介君もお腹空いてるんじゃないの?朱鷺のを半分食べる?」

 朱鷺の母がまた簡単に提案するが、原田が一応遠慮する。

「いえ、そんな。そうだな。何か買ってくるか?でも販売所も閉まってる時間ですよね。外のコンビニにでも、」


「あら、大丈夫です。健介君用にこの後消化のいい食事を用意してますので。それではベッドもこちらに移動できるように手配いたしますね」


 看護師も簡単に提案を受け入れてくれた。



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