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パトカーの後部座席、ダウンジャケットに包まれて健介は原田の膝に頭を乗せて熟睡している。
原田も俯いて眠りかけている。
二人ともここしばらく寝ていないのでとても睡魔に抗えない。
何台かの後続車が高速からずっとついてきていることに助手席に乗る警官は気付いていたが、後ろの原田が寝ているようなので知らせなかった。
そして、朱鷺も運ばれた市内の総合病院に到着し、停車すると同時に原田が顔を上げた。
それに気付いて警官が声を掛けた。
「あれ?寝てなかったんですか?原田さん」
「寝てはいないです。何かありました?」
「いえ、優先で診察してもらえますので健介君は救急に連れて行ってください」
「はい」
「それと、」
警官はサイドミラーを見て、窓の後ろに顔を向けて、続けた。
「何台か高速からついてきてます。気を付けてください」
「はい」
意味が分からなかったのだが、原田はそう返事をした。
そして寝ている健介を抱き上げてドアを開け、起こさないようにゆっくりと車を降りた。
警官が先に降りて原田が開けたドアを押さえている。
すいません、と言おうとしたら、横から誰かが走ってきて原田の前で急停止し、携帯を翳した。
「こら!」
警官がそれを手で払った。
しかしその後ろからさらに数人走ってくる。
あれだよ、あのパトカーだ、ほら子供抱いてるし、急げ、
そんな声が聞こえてくる。
原田は当惑したが、とにかく病院に入ろうと健介の身体を抱き直して急いだ。
その間にもやじうまの人数が増え、声も増え、後を追ってくる。
そのうちの誰かに、健介の足を掴まれた。
「触るな!」
原田が怒鳴り、その腕を振り払い、相手を睨んだ。
その一喝でやじうまが停止し、その隙に原田は入口に駆け込んだ。
そして救急受付で名前と事情を説明するとすぐに割り込み診察してもらえることになり、診察室で服を脱がせているところで健介が目覚めた。
手や足の擦り傷は昨日君島が手当していた。
それ以外に、腹の痣。
医師の質問に寝ぼけながらも健介が応える。
知らない男に蹴られました。二回かな。顔も。だから三回。息が、止まった。もう痛くないです。
落ち着いて応えている健介が痛ましくて、原田は目を伏せる。
続けて医師の声が聞こえた。
「古い火傷の痕があるね?これは?」
原田が顔を上げた。
そして医師と目が合った。
その若い医師の目は、父親の原田を強く疑っている。
原田はその目を無表情に見詰めた。
「お母さんです」
健介が応えた。
「小さい頃、お母さんにつけられた。だから、逃げたの。だからさっき逃げたの。僕、お母さんから逃げたの」
健介が医師をまっすぐ見詰めて言った。
「お母さんが、僕を殴る男と一緒になって、僕を引っ張るから、逃げたの」
そう訴える健介の目から、涙が零れた。
「お母さんから逃げたの」
原田は椅子に座る健介の横にしゃがみ、涙を拭ってから頭を抱えた。
そういう言葉を健介に言わせることが心苦しい。
原田は甘い父親なのでそれだけで医師に腹を立てる。
「虐待を疑っていただくことはありがたいんですが、色々事情があって今回の事件に繋がっています。うちの虐待ではないことは掛かりつけ医に診断書がありますので気になるなら問い合わせてください。
ずいぶん苦しい思いをしたようなので早く休ませたいと思います。早めの診察をお願いします」
医師の顔も見ずに、原田は低い声でそう要求した。
その後、超音波とCTで内臓を調べて異常がないことがわかり、新しくできた擦り傷を消毒してもらって診察を終えた。




