表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ARROGANT  作者: co
日曜日
61/194

15

 健介の泣き声が小さくなり、ぐずぐずと鼻を啜っているくらいに、誰かが原田の肩を叩いた。

 顔を上げると宮下刑事。


「容疑者、確保しました。乗ってきた車で連行しますので、原田さんは別の車に乗り換えて下さい。そちらで市内の病院に健介君をお連れ下さい。それと、」


 健介も顔を上げて宮下刑事を見た。


「さきほど連絡がありまして、病院に運ばれた弔問客、意識が戻ったそうです」

「橘ですか」

「朱鷺ちゃん?!」


 健介が叫んだ。


「朱鷺ちゃん、大丈夫なんですか!怪我してた!大丈夫なの?!」

「大きな外傷はないようだよ」

「元気なの?」

「恐らく」


 宮下刑事は丁寧に応えてくれた。

 そして微笑んで、健介に言った。


「健介君がその人を心配しているように、その人も病院で君を心配しているから、健介君が元気な姿見せて安心させてあげるといい」

 健介はまた涙を零して頷いた。

 それを見ながら宮下刑事はしゃがんで続けた。


「君が頑張って元気なままこうして戻ってきたことは、本当に本当にみんな喜んでる。君の勇気にはみんな驚いてる。ここにいるみんなも、感動してる」

 宮下刑事がそう言って、視線を二人の後ろに動かした。

 原田と健介も、つられて振り向いた。



 そして二人は度胆を抜かれて慄いた。



 列を成した多くの車がハザードを点けたまま停まり、それを降りた全ての人々が扇状に原田と健介を囲んでいたのだ。


 さっき原田と健介が見た時は人は誰も降りていなかったのに。


 いつの間にこんなことに。



「この人たちの協力がなかったら危なかったかも知れないです。奇跡的でしたね。しかし、」

 宮下刑事も戸惑っていた。

「しかしなんでこんなことになったんだ……?」


 警察にわからないことが原田と健介にわかるはずもなく、ただギャラリーの多さに慄いていた。

 慄いたまま、それを茫然と眺めていた。



 そのギャラリーの中から、小さなおばさんが一人ゆっくりと二人の方に近づいてくる。

 手にはペットボトルのお茶。

 笑顔で寄ってきたおばさんが、原田の首にしがみつく健介にそれを差し出して言った。


「温かいお茶だから、カイロ代わりにもらって。風邪ひいちゃいけないから」


 そう笑うおばさんに、健介は頷いて原田の首から手を離してそのお茶を受け取った。

 健介の手が離れたので身体が自由になり、原田はダウンジャケットを脱いで健介に羽織らせた。

 それを見ながらおばさんは笑顔のまま続けた。


「私にも孫がいてね、ボクと同じくらいの男の子なのよ。もしうちの孫が、と思ったらね、」


 おばさんは、笑顔のまま涙をぽろぽろと零した。



 原田と健介は、再度驚いた。

 何が起こっているのかわからない。

 当事者が一番わかっていない。



 そしてそのおばさんの涙をきっかけに、ギャラリーに妙な歓喜のさざ波が発生し、再度拍手が広がり出した。

 あ、さっきの音はこれだったのか、と原田が気付く。

 しかし、ここ高速道路だぞ?現実か?これ。

 と、原田が戸惑っている間にも歓喜の波が膨らみ広がる。


 おめでとー!

 よかったねー!

 感動した!

 拍手の中からそんな歓声。


 健介がまた、首にしがみついてきた。予想外で理解不能な現象に驚き戸惑い怯えている。

 歓喜の渦の中でそんな健介を抱いて原田は悩んでいる。どうしてこんなことになっているのか、いつまで続くのか、どう収めたらいいものか。

 困ったな。どうしたらいいんだ?



 しょうがなく原田は、健介を抱いたまま立ち上がった。


「父さん」

 ふわりと身体を持ち上げられて、健介がまた強く首にしがみつく。


「ちょっと、我慢してろ」

 小声で健介に頼んだ。


 そして原田は、ギャラリーの右から左へと目に入る範囲の全てにゆっくりと十分な視線を送った。

 その原田の動作でギャラリーの拍手と歓声が徐々に収まってくる。

 しばらく無言で動かしていた視線を、ふいに腕の中の健介に戻して目を伏せた。

 歓声が完全に止んで、下り車線を走る車の音とピアノの音だけが小さく聞こえている。


 それから原田は、しっかり健介の背を抱いたまま、ゆっくりと頭を下げた。

 父の手が背を支えているのはわかっていたけど、少し傾いたので慌てて健介は父の首に巻き付けている腕に力を入れた。

 原田が、う、と呻いた。



 はらはらと落ちる雪の中、子供が羽織る大柄な父のジャケットはまるで新生児のおくるみのようで、それを大切に抱く父が礼儀正しくお辞儀をする様は事件の締めくくりに相応しかった。



 拍手の音がもう一度夜空に膨らんだ。

 そしてそれは、原田が頭を上げると徐々に消えた。




 その後、なぜか響いていた小さなピアノの音が止み、夜空に再び女性の声が広がった。


『高速走ってるみなさん、ご協力ありがとうございました!固唾を飲んで聞いてくださってた多くのリスナーにもご協力感謝いたします!ぜーんぶめでたく解決ですっ!』


 雪降る夜空に3Dサラウンドで響くその声が、見えるわけではないのに原田と健介は空を見上げる。


『原田健介君!暖かくしてお父さんと家に帰ってね!本当に良かったね!帰ったら秋ちゃんによろしくね!』



 突然名前を呼ばれ、続いて君島の名前も告げられ、親子は驚いて顔を見合わせる。



『それじゃみなさん!とっとと車に乗って大移動を始めてください!緊急交通情報です!白沢SA付近で大渋滞発生!ドライバーのみなさん、次はこっちにご協力お願いします!』


 えー、誰のせいだよー、とギャラリーが笑い声でその放送に応えた。


『みなさんのスピードアップのために、次のナンバーはガガ様!』


 そして重いビートが夜空に響きだした。

 ギャラリーたちは笑みを残して三々五々、車に戻り出す。


 原田も健介を抱いたまま、車に戻ろうとした。



 その耳に、ビートを連れてそのタイトルが流れ込んできた。





 こう、生まれついた。

 この道に生まれた。





 原田がその威勢のいい声を振り返った。



 そんなこと言うのか?



 ボリュームを落としながら夜空に響くガガの声に、原田は反発する。



 そんなもんじゃなかった。



 健介が生まれた場所に道なんかなかった。

 ただの荒野をこの子供は一人で進んできた。

 自分もその子供を見捨てた一人だと、原田は怒りを覚える。


 そしてふと、健介を引き取る時に君島が言った言葉を思い出した。




『この子は強いね。誰よりも強い。だから誰よりも貪欲に幸せを掴みとる。そのために浩一は選ばれたんだよ。浩一は健介の踏み台だからね。いいように利用されたらいい』




 そのつもりだった。

 今回のことも自分は全て健介のために動いてきたつもりだった。

 それがどうだ。


 見下ろすと腕の中の健介は、うとうとと眠りかけている。

 抱く子供が寝ると重くなることを原田は健介を得て初めて知った。

 この自分の腕に健介は自力で戻ってきてその重みを自分に伝えている。



 これを全て運命だと言っていいのか。

 道なんかなかった。

 見えてきた細い小道も同じような枝道だらけだった。

 それを健介は一人で選んで自分の元に進んできた。


 ……いや。


 いや、君島か。君島が道を踏みならしたのか。

 それと朱鷺。きっと朱鷺が手招きをした。


 より明るい先に繋がる道を、健介が二人の力を借りて自分で拓いた。



 原田はため息をついた。


 俺はどうなんだ。

 自分が一番信用できない。

 この先も不安だらけだ。


 でも。


 腕の中の温かい重み。

 これをきっと一生、離さなくていい。

 それだけは確かだ。



 これが運命だとしたら、健介ではなくて俺が案外幸せな星の下に生まれたのかも知れない。

 そんなことでいいのか。



 原田は、長身で端正な顔立ちが理知的な男前なのでそうは見られないが、結構ぐずぐずと思い悩む性格だった。



 ガガの声が空から消えて、健介を抱いた原田も車に乗り込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ